昨年(平成19年)見た舞台の中では、中村吉右衛門が演じた加藤清正が「歴史上の人物像」として最も深く心に残った。
「二条城の清正」では、老いた清正の心が描かれる。若いころ豊臣秀吉から受けた恩に報いるため、遺児の秀頼を守って二条城で徳川家康と渡り合う。「あの当時としては珍しく、忠義に厚い武将だったと思う」と話した吉右衛門は、厚い忠義を尽くす老将の姿を見事に演じきった。
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品って・・・
いくら身につけようとしても簡単に身につくものではないし、
日々の生活の中、環境や学びの中で自然に体得するものなんだろうな。
http://agate-2006.jugem.jp/?eid=343
ハナフサさんを見た瞬間泣いた。
あまりにも美しすぎて。
あまりにも輝いていて。
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『指導者の条件』
P108
清正はその晩年に、「自分は一生の間、人物の判断に心を尽くし、人相まで勉強したが、結局よくはわからなかった。ただいえるのは、誠実な人間に真の勇者が多いということだ」といったという。
結局、誠実な人はありのままの自分というものをいつもさらけだしているから、心にやましいところがない。心にやましいところがなければ、よけいな心配をしたり、おそれたりすることなく、いつも正々堂々と生きることができる。それを、自分をよくみられたい、よくみられようなどと考えて、あれこれ作為をすれば、その作為のためにいらざる気を使うということにもなろうし、そのことが一種のうしろめたさともなって、力強い信念にみちた活動もできにくいだろう。
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『指導者の条件』
P164
明治の先覚者福沢諭吉は、彰義隊の戦いのあったその当日も、騒然たる世間をよそに、上野からほど遠からぬ自分の塾で、英書で経済の講義を続けていたといわれる。そして当時、こういうことを学生達に語って励ましたという。
「かつてオランダがナポレオン戦争で領地を占領された時、世界でわずか長崎の出島のオランダ人居留地だけにオランダ国旗がひるがえっていた。それをもってオランダ人は、自分の国はかつてほろびたことがないと誇っている。それと同じように、われわれも世の中にいかなる騒動があっても、変乱があっても、日本の洋学の命脈をたやしたことがない。だからこの塾あるかぎり、大日本は世界の文明国だ。世間に頓着するな」
人間というものは、とかく周囲の情勢に流されやすい。治にあれば治におぼれ、乱に会えば乱に巻き込まれて自分を見失ってしまいがちなものである。そういうことなしに、つねに信念を持って主体的に生きるためには、やはり、われ何をなすべきかを考え、そのなすべきことをひたすらになしていくということが大切だと思う。
指導者の要諦とは、見方によっては、この、“なすべきをなす”ということにつきるともいえよう。