hiro hirai
大好評だったアダム君との新春放談の保存版を編集してアップしました。
https://www.youtube.com/watch?v=kgyHuXHP0Vg
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アダム・タカハシ新春放談 アルベルトゥス・アヴェロエス・アレクサンドロス - Togetterまとめ
アダムさんによるアヴェロエス の説明だ!
アヴェロエス を単なるアリストテレス を解説した人物として理解するのではなく、ばらばらであったアリストテレス の哲学を総合し、一つのシステムを構築した役割をはたした。
中世のスコラ学者たちは、このアヴェロエス を通じてアリストテレス を読んでいた。 こうしてアヴェロエス が思想の歴史においてはたした大きな役割が近年評価されつつある。
この視点からアルベルトゥスをみると、アルベルトゥスの言明の多くはアヴェロエス のものであった。だからこそ、アルベルトゥス研究からアヴェロエス に研究のシフトが移っていってしまった。
アヴェロエス といえばトマス が批判した対象としてとりあげることが多かったのではないか? ―その通り。トマスが反論したこともあり、アヴェロエス の代表的見解が知性単一論とみなされてきた。
しかしアヴェロエス の霊魂論以外の著作を見てみると、これまで語られていなかったさまざまな局面で重要な整理なり解釈なりをアリストテレス に対して行っていることがわかってきた。
アヴェロエス を一言でいうと? ―物質主義。 これがカソリック のアリストテレス 主義とぶつかった。
ここでアルベルトゥスは、トマスとアヴェロエス のあいだにいる。ほぼアヴェロエス の物質主義を踏襲しながら、それを反駁しようとする。しかしトマスほどには反駁できていない。
〔なんというディープなラジオ放送〕
Craig MartinのSubverting Aristotleをめぐって。 アヴェロエス の影響を探る偉大な一歩を踏み出した著作。ただ人物をマッピング するという本の性質上、細かいアイディアは論じていない。
マーティンからケスラーへ、そして古代のアフロディ シアスのアレクサンドロス を研究したパウル ・モローへと研究史が遡られている。 哲学史 における物質主義の重要性を見てとってきた研究者たち。この衣鉢を継ぐアダム・タカハシ。
するとアレクサンドロス がすべてのはじまりなのではないか?アレクサンドロス の思想を貫徹させたのがアヴェロエス なのではないか?
―さまざまな違いはあるものの、たしかに物質主義的にアリストテレス を読むという根本はアヴェロエス はアレクサンドロス から引きついでいる。
〔アフロディ シアスのアレクサンドロス からアヴェロエス 、そして中世から初期近代へといたる物質主義の歴史についてのきわめて先端的な話でした〕
アリストテレス の論述にはいろいろ穴がある。ここで古代のアリストテレス 主義者たちは、今では失われたような著作に手を伸ばした。それとつき合わせて、アリストテレス 像をつくりあげていく。これがアヴェロエス を通じて浸透していった。
注解を読むむつかしさ。 ―ベースにあるアリストテレス から逸脱している部分をつなぎ合わせていくと、アヴェロエス の態度が見えてくる。 古代の注釈者の著作の英語訳が刊行されるようになったのも大きい。
熱の作用 によって、地面から宇宙の果てにいたるまですべてを説明しようとする ―ここで考えるべきは、アリストテレス がすべての現象を質料と形相の結合 から説明しようとしたこと。
机の形相は机の形だろう。机の場合は、人間が形相を与えている。しかし自然にあるものの形相は誰が与えているのか。これへの回答の一つが、熱が与えるというものであった。熱が本質を決める。これが物質主義である。
ではこの熱はどこからくるのか。 その辺にある火の熱ではないだろう。むしろ天から来る熱こそが形相をあたえる。こうして月下の現象が天上の現象が結合された統一的な世界理解が生まれる。
この形相をあたえる熱がくる天空を、アレクサンドロス は神と呼んだ。
アリストテレス の思想が中世に何度か断罪されているが、その思想を危険なものとした根本的な原因は、この熱を中心にすべての物質から神まで理解するアレクサンドロス の体系に由来する。
〔とてつもなく深い〕
たとえば中世以降、第一の動者=神=キリスト教 の神という理解が現れる。だからこそトマスの神の存在証明は、運動の始点となる。
しかしアレクサンドロス やアヴェロエス はそうならない。運動をさかのぼっていっても天にしかいたらない。というかこれをアレクサンドロス は神にするのだ。
この始点に立つならば、アリストテレス が占星術 の基礎になりうるということが理解されるだろう。天からの影響で世界を説明する体系が構築され、伝えられていたのだから。
とはいえこの占星術 は判断占星術 というよりは自然占星術 だ。そこは誤解がないようにしないといけない(ヒライ )。
神学観というのも変わっていくだろう。トマスを読んでいると、アリストテレス とキリスト教 の教義が接合するように思えてくるが、実はまったく相容れないアレクサンドロス のラインがあったことが見えてくる。
スピノザ が初期近代にもっていったスキャンダラスさと、アヴェロエス がアレクサンドロス から引きついだスキャンダラスさは似ている。
たとえばHarry Wolfsonは、出口をスピノザ に見て、出発点をアレクサンドロス を含めた古代の神学者 におき、あいだにアヴェロエス を置くというヴィジョンを有していたように思われる。
だがこのヴィジョンが継承されてきたようには思えない。
二つ前のツイート神学者 →注釈者です。
アレクサンドロス の著作は膨大な数がアラビア語 の訳されている。On the Cosmosだけでなく、それらについて研究している人はいない。世のアラビストの人たちにはそれをやってほしい。
アレクサンドロス の哲学について、故Sharplesが霊魂、摂理、神について論じてくれている。ここ2年くらいでパリの数名の研究者を中心に進みつつあるので、まもなく成果が出てくるのではないか。
中世の自然哲学史 研究は非常に狭いサークルで、しかもメンバーが高齢化してきていて、近年は動向論文というものが日本語に限らず他の言語でも書かれていない。
今日議論してきたようなことは非常に根幹的で大事な問題 であるが、セクシーでないから人目をひかない。そうしてたとえば霊魂の問題がくり返しとりあげられてしまう(ヒライ )。
哲学科の人が霊魂じゃなくて熱を語らないといけないっていうのをメイク・センスするのはむつかしい。科学史 家にも熱は伝わらない。ファンダメンタルな問題を議論する土壌がなかなかない(ヒライ )
―当時の人々にとって決定的であったり難問であったりするものと、いまの私たちにとっての決定的である問題がずれているからこそ、根本的なところが深まらないということはあるだろう。
当時の哲学は知のすべての領域を指していた。 いまの領域が縮減された哲学からさかのぼっても、当時の知の状況で決定的に重要なものに到達しないかもしれない。
ではこのファンダメンタルな当時の問題をいまの読者にどうやってメイク・センスしていけばいいのか。インテレクチュアル・ヒストリーの課題である(ヒライ )
―アヴェロエス にアラビストでないのに西欧で着目する多くの研究者はユダヤ 系であったように思われる。アヴェロエス を読むということは、神学や政治の問題に関わってくるのが一因かもしれない。
西洋の知の起源をどこに見るかという問題にかかわってくる。 アヴェロエス を読むということは、この問題に一つの態度を表明することにもなるだろう。〔少し私なりのパラフレーズ 〕
またアヴェロエス を読むなかで、西洋の知が非カトリック 的なものを抑圧しながら〔しかしそれを同時に取り込みながら〕立ち上がってきたことに鋭敏になれるように思う。
理性と信仰の問題にアヴェロエス が占める位置とは。 ―アリストテレス に忠実であることにより、宗教を一種超越したような姿勢がアヴェロエス にはある。
ここからスピノザ のスキャンダル性と同じものをアヴェロエス に見ることもできるし、そこのところはより深めなければならないだろう。
古代を見るにも後代への影響からさかのぼっているとわかってくるところはある。アレクサンドロス に関しても、実は古典学者はその核が見えていないことがあるだろう。
たとえばシンプリキオスとアレクサンドロス の対立というのは、きれいにトマスとアヴェロエス の対立に重なる〔!!!〕。こういう風に中世の対立からさかのぼって、古代の対立の軸をとりだすことができるだろう。
終わり!
とてつもないラジオであった。
Kuni Sakamoto
真のスカラーシップ を思う存分味わえた新春放談であった。
アルベルトゥス・マグヌス - Wikipedia
大聖アルベルト(St.Albert the great)、ケルンのアルベルトゥスとも呼ばれる13世紀のドイツのキリスト教 神学者 である。またアリストテレス の著作を自らの体験で検証し注釈書を多数著す。錬金術 を実践し検証したこともその一端である。
カトリック 教会の聖人(祝日は命日にあたる11月15日)で、普遍博士(doctor universalis)と称せられる。トマス・アクィナス の師 としても有名である。ピウス10世によって教会博士の称号を与えられている。
トマスの死後、1277年パリにおいてトマスに異端の嫌疑を掛けられたときは、老境にあったアルベルトゥスはケルンからパリまで徒歩で旅行して、その弟子を弁護した。
アルベルトゥスの思想の特徴はアリストテレス 思想の受けいれに対して積極的だったことにある。この点で、同時代のボナヴェントゥラなどのフランシスコ会 学派の思想の潮流とは対称をなす。ただ、アヴェロエス などアラブの学者の注釈の翻訳から主に学んだため、アルベルトゥスのアリストテレス 理解には、プラトン 思想が混入している部分がある。
大聖アルベルトゥス・マグヌス | 学校法人聖ドミニコ学園
アルベルトゥスは信仰は道理に合わなくてはならない。と言う信念のもとにアリストテレス の論理、自然科学、形而上学 の知識を伝統的な神学の中に取り入れ思考資料を豊富に揃えた。これらによって聖トマスは、理性と信仰を調和させた偉大な神学体系を打ち出すことが出来たという。 アルベルトゥスは学問研究の外にご聖体と聖母マリア を厚く信心し、貧民の救済につとめ、ケルン市民と大司教 間の争いを調停したりした。ドミニコ会 ドイツ管区長、教皇 付顧問、次いで司教になり、化学、哲学、神学の著述などに尽くし信仰、知識生活の調和統一を最高度に大成し1280年八十歳で安らかに永眠した。
イブン・ルシュド - Wikipedia
アヴェロエス (ラテン語 : Averroes) の名でよく知られている。アラブ・イスラム 世界におけるアリストテレス の注釈者 として有名。また、医学百科事典を著した。
彼の著作は、中世ヨーロッパのキリスト教 のスコラ学者によって、ラテン語 に翻訳され、ラテン・アヴェロエス 派を形成した。
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20150107#1420627083
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20150107#1420627085
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20150104#1420368315
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20141228#1419763102
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20141106#1415270179