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(皇太子さま)
私たちは、この25年間、天皇皇后両陛下のなさりようをつぶさに拝見してまいりました。両陛下がこれまで一つ一つのご公務にお心を込めて取り組んでこられたことに対し、改めて深い感慨と敬意の念を覚えています。


そして、私たち自身、両陛下のお導きの下で、お互いに協力しながら様々な経験を積んできましたので、今回の25年という一つの節目を契機に、気持ちを新たにし、今までの経験を糧にしつつ、引き続き、お互いに協力しながら、国民の幸せを願い、一つ一つの公務に取り組んでまいりたいと思います。


次の時代の皇室のあり方については、両陛下も大事にされてきた皇室の長く続いた伝統を継承しながら、現行憲法で規定されている「象徴」としての天皇の役割をしっかりと果たしていくことが大切だと考えています。そして、象徴としてのあり方を求めていく中で、社会の変化に応じた形で、それに対応した務めを考え、行動していくことも重要だと思います。


私は、以前「新たな公務」について、自分自身も携わってきた水の問題や、環境問題、子どもや高齢者を取り巻く状況などについて触れましたが、今後も、そうした新たな公務に対する社会の要請は出てくると思いますので、そうした公務に真摯に取り組んでまいりたいと思っています。同時に、世界各国との相互理解を深めていくことも大切であると思いますので、国際親善や文化交流の面でもお役に立てればと思います。


また、今後の日本や世界の将来を担っていくことになる若い人たちとの交流も大切にしていきたいと考えています。なお、雅子は、努力と工夫を重ね、体調に気をつけながら、一生懸命に快復への努力を重ねています。側で見ていて、そのことはよく分かります。国民の皆様には、引き続き、雅子の快復を長い目で温かく見守っていただければと思います。

(皇太子さま)
皇室に限らず、家庭や家族のあり方というものは、時代時代で、その姿が変わってくるものだと思います。私自身も、両陛下の下で家庭の温かさというものを味わいながら育てていただきました。これは、親子別々で過ごされた天皇陛下皇后陛下のお心遣いによるもので、大変ありがたいことと感謝しております。


一方で、家族の根幹をなすもの、それを私はお互いへの信頼と尊敬・尊重の気持ちだと思っています。そういった幹の部分は、いつの世も変わらないのではないかと考えます。特に近年、インターネットやSNSの発達などもあり、スマートフォンといった電子機器を介してのつながりが広がる一方で、お互いに顔の見える人間関係が希薄になりつつあると言われており、人と人とのつながりがこれまで以上に大切な時代になっていると思います。


そして、私は、そうした人と人とのつながりの基礎となるものが、家族、家庭なのではないかと思います。お互いへの信頼と尊敬によって家族がつながり、同様に、信頼と尊敬を通じて人と人が理解し合ってつながり、さらには地域社会や国全体、世界各国が強固につながっていく、そういうことが大事になってきているのではないかと考えています。


家族とは、小さくはありますが、社会を構成する一つの単位だと思います。私自身も、天皇陛下もおっしゃっているように、家族と生活をともにすることによって、幾らかでも、人々やその家族に対する理解を深めることが出来るようになったと思います。


また、これまで私自身が様々な務めを果たす中で、家族の支えと協力がとても重要な要素であったと強く感じます。これまで公私に渡り自分を支えてくれた家族に改めて感謝するとともに、私自身も雅子と愛子に対する信頼と尊敬・尊重の気持ちを大事にしていきたいと思っています。


本誌はこれまで2週にわたってハムやウィンナーなどの加工肉のリスクについて報じてきた。記事の中で、「避けるべき商品」としてリストアップしたのは、亜硝酸Na(ナトリウム)、ソルビン酸ソルビン酸カリウム)、リン酸塩という3種の食品添加物がすべて使用されているものだ。


 その理由として、「亜硝酸Naソルビン酸には相乗毒性がある」という専門家の声を紹介した上で、食品安全委員会の添加物評価書の中の、


〈両者の加熱試験反応によりDNA損傷物質が産生される〉


 という部分を引用した。

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#勉強法

長谷川俊明法律事務所

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20180118#1516272037


財務省による決裁文書の改ざん問題をめぐり、自民党の柴山筆頭副幹事長は8日夕方、記者団に対し、安倍総理大臣が去年2月、森友学園への国有地売却について「関係していたら総理大臣も辞める」などと答弁したことに関連し、安倍総理大臣の答弁が、少なくともきっかけになったことは紛れもない事実だろう」と述べました。


これについて柴山氏は8日夜、改めて記者団に対し、「『きっかけ』という表現が、時系列的な単なる出発点という意味で使ったにもかかわらず、あたかも改ざんをもたらす原動力、原因だったと受け取られたのは不用意だった」と釈明しました。そのうえで「きっかけというのが契機と捉えられてしまうとすれば撤回したい」と述べました。


 69歳のベテラン政治家が、永田町の玄人たちをざわつかせている。衆院議員・中村喜四郎衆院選で14戦無敗を誇り、「最強の無所属」の異名を取るその男が、地元・茨城から遠く離れた新潟の地で神出鬼没の動きを見せている。


 新潟県知事選(6月10日投開票)の告示前日、中村は県内で講演した小泉純一郎が、野党6党派が推薦する女性候補者と握手する場面をセット。1990年代の自民党で中村と盟友関係にあった山粼拓を通じて、小泉の意向を水面下で探り、超党派の「原発ゼロ共闘」を演出した。

 私は大学を卒業してから4年ほど砂防会館(東京都千代田区平河町)にあった田中事務所にいて、1歳年上の鳩山邦夫さんなんかと一緒に秘書として働いていました。その間、ちょうどロッキード事件が起こって、田中さんが逮捕された直後の総選挙(通称・ロッキード選挙)に27歳で出たんですね。

 私は初めて選挙に出る前、4年間で11万軒を歩いたんですよ。選挙区内のほとんどの家を訪ねた。

「歩く」ということはテクニカルな点でも重要ですけど、やっぱり田中さんの場合、「人の気持ちも大切にする」という考えがその基本にありました。この人たちは何を欲しているのか、どうすればこの人たちの気持ちを惹きつけられるのかを瞬時にして見分ける。そういう政治家としての感性は、歩かないと磨かれない。だから、できるだけ歩いて身につけろと言っていたんですけど、普通の人にはその意味がわかりません。


 だから、田中さんに言われても聞き流しちゃう人は割と政治的に恵まれないまま終わっていったし、田中さんの持っているセンスをモノにするために盗もうとした人は選挙に強くなっていった。小沢一郎さんなんかも、羽田孜さんなんかも、田中さんの良い面を盗んだ人たちです。そういう人たちが田中派の流れを汲んで動いて、政治の表舞台で大きくなっていったんじゃないですかね。

 そういう意味では、今の選挙と根本的に違います。今は、マニフェストをマスコミにどう売り込むかとか、いわゆるイメージで風を吹かせる選挙をやっているわけですよ。「風」に乗り遅れれば、当選できない。努力する者が勝ち、汗かいた者が生き残れるような選挙で、シンプルな戦い方ができたのが昔の選挙だったのが、今は高学歴とか、ブームとか、何だかわからないような形で当落が決まってしまう。

 形だけではない。「田中さんはやっぱり苦労している人だから」と、人の心に届く。みんなの力をつかんでしまう。大衆政治家ですよ。

 竹下さんがグループを束ねて田中派を出ていこうとした時、あくまでも「田中派の総理を作る」というのが我々の意志でした。「竹下さんを次のリーダーにする」ということではなくて、田中派にはこれだけ人数がいるんだし、みんなずっと田中さんの言う通りにやってきたんだから、もうそろそろ仲間の中から(田中さん以外の)総理大臣を出してもいいだろうという思いでした。


 ところが不幸なことに、あの時の田中さんの心理ではそうと受け止められず、「謀反だ」と受け取ってしまった。それで、お酒なんかも非常に飲んだりして、体調を崩されてしまった。


 だけど、田中さんと竹下さんを比べるような考え方なんて全くなかったですよ。我々の親分は田中角栄であり、親分の下で竹下さんを総理にするんだ。そういう考え方だったんですが、そういうふうに捉えてもらえなかったことが、私にはさびしかった。

 やっぱり田中さんのようなタイプが総理大臣になるということは、日本社会の中で非常に抵抗感が強かったんじゃないですか。「総理を1回やらせてみたい」という興味はあっても、いざなってみると、成り上がり者ということで、そういうものに対して叩こうという全体的な雰囲気、ネットワークが形成されていたように感じますね。

 元田中角栄秘書である中村にとって、「浦佐」は駅前にオヤジの銅像が立つ因縁浅からぬ土地だ。応援集会に駆けつける前、旧知の元自民党国会議員を支えていた有力支援者の元を訪問した。午後、新幹線と特急を乗り継ぎ、夕方に街頭演説がある新発田に早めに到着。真っ先に角栄の盟友だった大臣経験者の墓前で手を合わせ、田中系列の政治家一族として知られた地元の名士らと接触した。


 その日、中村を乗せた上越新幹線が東京駅に着いたのは夜10時近くだった。


 別の日にも朝9時台に新潟入りし、保守系国会議員の後援会幹部49人と個別に面会。夕方まで現地に滞在し、一人ひとりに野党系候補の応援を要請したという。


 街頭やホールに集った不特定多数に支持を訴える「空中戦」だけでなく、旧家の血縁や地縁を丹念に辿り、「保守の断層」を探り当て、相手陣営の地盤を切り崩していく。中村は野党に請われた「助っ人」に過ぎないとはいえ、昔の自民党が得意としていたようなホンモノの地上戦を師匠の故郷で実演していた。

 孤高を貫いてきた「最強の無所属」は、若き日の角栄人脈を通じて新党改革自民党二階派(客員会員)に属した時期もあったが、安倍政権が進めた安保関連法案の採決時に退席、共謀罪法案には反対票を投じ、「反安倍」の姿勢を鮮明にしてきた。今年に入り、自民党竹下派時代の弟分である岡田克也衆院会派「無所属の会」に軸足を据え、超党派のベテランたちとも連携を模索し始めた。


 彼をよく知る政界関係者は「野党結集はもちろん、安倍一強体制打倒に向けた勢力の結集に向けて本気になっている」と話す。

――田中さんがいた頃の自民党と、今の自民党では何が違いますか。


 当時の自民党は一人ひとりを大切にしながら政治をやっていた。人間関係がものすごく濃く、信頼関係も厚く、党のためというより親分のために汗をかいた。リーダーの下で汗をかくことが当然で、その結果、党が強くなった。政治の重さが全く違った。


 たとえば、政策の問題だって、派閥の親分や党の幹部から「集団的自衛権(の行使容認)に協力しろ」とか、「そんなこと言うのはやめろ」なんてことは一切言われなかった。政策は自由。だけど、困った時には助け合う。仲間がいいポストを持ってきてくれる。そういうことで互助会としての機能があったから、強い絆で結ばれていた。

 今、安倍晋三氏が強権的にやれるのはなぜだと思いますか。派閥が弱くなり、党内が一枚岩にならなければならないからです。自分の保身のためですから、党内の反主流派には「党から出て行け」という強烈な批判を浴びせられます。


 自民党は以前の選挙(1993年、2009年の衆院選)で野党暮らしになった。大変だった。だから、今は「あのような思いは二度としたくない」という思いだけでまとまっている。もたれ合うことにメリットを感じている。何かの使命感を持っているんだとか、リーダーに情熱を感じているんだとかでまとまっているのではない。


 そういうことですから、安倍氏はいずれ行き詰まると思いますけど、行き詰まったらどうするかと言ったらわからない。誰も青写真を描ける人はいない。それは野党も同じ。


 田中さんの時代には、「あの人が行き詰まれば、次はこの人だよね」とちゃんと決まっていたし、自民党の中でもちゃんと反対意見が言えたから、非常に活発な議論もできた。リーダーが反対意見も聞くような文化があったけど、そういうものは、今の自民党になくなってしまった。

――中村さんは無所属を貫いています。選挙では「党より人」というキャッチコピーを使ってきました。現行の小選挙区比例代表並立制は無所属に絶対的に不利とされていますが、中村さんは導入後も7戦無敗です。


 無所属のほうが、「自分」というものに強烈にこだわって打ち出して行ける。それを逆手に取ってやっています。政党に属することによって個性を失うことよりも、無所属でいることによって、一切の付加価値はないけれども、自分の生き方、自分の存在感を社会に再認識してもらうことができる。これは政治家としてダイナミックな戦い方だと思っています。


 ただし、自民党に風が吹こうが、民主党に風が吹こうが、いつも逆風ですよ。その逆風を跳ね飛ばすことこそ、私の政治家としての真骨頂だと思ってやっています。そうやっていると、今の自民党民主党もたいしたことない。薄っぺらさが透けて見えるわけですよ。ハッタリだけで騒いでいるだけだ、生き残ってみせる――となるわけですよ。


 自民党民主党の人間からすれば、どうして私が生き残れているのかわからない。国会議員の中にも「中村さんの話を聞きたい」と言って、時々、人が来ますけど、あまりにも単純な基本を大切にしているだけなので、「そんなことで生き残っているのか」、「そんな気の遠くなるようなことをしているのか」という反応をされます。もうちょっと特殊なことをして、生き残っているんだったら学び甲斐があるけど、そんな気の遠くなるようなことをやっているだけならあまり学びたくないなと思われるほど、基本的なことをしているだけですよ。


 田中さんがやっていたことも、私がやっていることもあまり変わらない。非常にオーソドックスな、非常にシンプルなことを大切している。だから、怖いことはない。逆境の中でも勝ち抜けられる。逆に基本を押さえずに、一喜一憂し始めると、何をやっているかわからなくなる。パニックになる。


 政治家だから、いろんな場面にぶつかります。その時に逃げない。必ず跳ね飛ばして闘う。良い時ばかりじゃない、悪い時も受け止める。あとは有権者を裏切らない。自分を信じてくれる人を大切にする。

――田中角栄も中村さんも刑事被告人になって有罪判決が出ても、いっこうに支援者が離れず、選挙で勝ち続けている。そういう点も師弟に共通しています。中村さんの場合、140日に及ぶ拘置期間中、完全黙秘を続け、検察が供述調書を一通も作成できなかったことは、政界関係者の間で「伝説」として語り継がれています。


 田中角栄から学んで、政治家になって、刑事被告人になって、三度の有罪判決を食らって、刑に服してもなお、中村喜四郎が政界に存在しているのはなぜなのか。


 私は田中さんの秘書だったから、自分でも無罪を勝ち取りたいと思って裁判を戦いましたよ。だけど無罪は取れなかった。田中さんは最高裁まで行って、途中で健康を害して議員を辞めたけど、私は議員を辞めていない。検察にも裁判所にもバッジを取らせなかった。裁判中も選挙を勝ち抜き、刑務所に行って戻ってきてもなお、有権者の支持を受けて選挙で勝ち続け、あの事件の不当な裁判に抵抗する意思を示している。これこそ田中角栄仕込みの戦い方です。


 拘置所では完全黙秘を通して、裁判の中で真実を語ろうと思ったけど、いざ裁判になったら、検察側が私に対して質問しなかったんですよ。それは何でか。私に質問すると証拠がないから、これ、記録になっちゃうわけですよ。(検察は被告人に)一切質問をしないという異例の裁判をして、梅沢節男という当時の公正取引委員会の委員長が言ったことだけを、「この人は嘘をつく人ではない」という前提で事件を作っていったわけですよ。


 そういうやり方に対抗して、私は完黙を通した。「中村喜四郎は無罪だ」と主張して、起訴状を選挙区内の全戸に配って歩いた。有罪判決になったら、その判決文を配った。それを配って、そのどこまでやれるかと思いましたが、有権者は「不都合なことがあれば配るまい」「これは何か訴えたいことがあるんだ」と思って下さって、後援会も「オレたちが最後まで支えよう」となったんです。

 私が弁解がましく、「罠にかけられた」「ああされた」「こうされた」と言っていたんでは、みんなもうんざりしたでしょう。国民は、政治家から言い訳を聞かされるのが嫌なんです。私は一切弁解せずに、事実は事実として受け止めて闘った。「闘うならばいい」となるんです。


 田中さんも最後まで闘ったから、根強い人気が今でも残っている。「逆境を逆境として跳ね飛ばす」なんて大上段に構えるんじゃなくて、己の身に降りかかってきたことをしっかり受け止める。絶対に頑張り抜く。こうしていたら、大衆に何かが伝わっていくんじゃないですか。順調な時は誰だって同じことができる。追い込まれた時にどうするかが問われている。これは、政治家の基本なんですよ。

 日本の司法のシステムが中村をつぶせるのか、田中角栄仕込みの生き方が中村を生かすのかの闘いでした。この経験は、政治家として極めて意味がありました。結果的に私は政治家として生き残れた。田中さんも草葉の陰から見ていると思いますよ。「自分の流れを汲む者が事件にされてもなお、潰されないで議員をやっている。田中政治を継承しているな」とつぶやきながら。

 今の既成政党は10年も持たないでしょう。もう1回、作り直さなくちゃダメなんじゃないですか。

まだお役に立てる機会があると信じています。今のひ弱な政治家が右往左往している時代では、もっと大混乱の時代が来ますから、そういう時に日本国のために働く場所があれば頑張りたい。こう思っていますよ。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20180608#1528455004(石井一)
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20180329#1522320041竹下登経世会の他のメンバーは、小泉純一郎安倍晋三らの清和会(現・清和研究会)のメンバーと同じように、やはり売国政策によって日本をワシントン・ディープステートに紐付けにしておく役目を仰せつかっている。)
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20180110#1515581089
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20171025#1508928210

【角栄逮捕・40年後の証言(3)】虎の尾踏んだ田中の自主外交 米公電が示した不快感「対米従属批判を恐れた」(1/6ページ) - 産経ニュース

 1973(昭和48)年11月、日本を訪れた米国務長官ヘンリー・キッシンジャー(93)は日本側にいやみを言った。在日米大使館の首席公使だったトーマス・P・シュースミス(故人)の証言によれば、外相、大平正芳との会談での言葉だったという。


 この年10月に勃発した第4次中東戦争は石油危機の形で日本を直撃し、首相、田中角栄原油確保のためアラブ諸国寄りの姿勢を強めていた。イスラエルを支援し続けてきた米国との足並みは乱れた。キッシンジャーは日本人について「私は彼らを理解できない」ともこぼした。


 キッシンジャーは12月17日、イスラエル首相、ゴルダ・メイアらとの会談で田中への不満をぶちまけた。米外交文書によると、キッシンジャーはメイアにイスラエルへの国際的な風当たりが強くなっていると説明しながら、田中を名指して語った。


 「先見の明を欠き、勇気がないことを認めたがらない複数の政府は、イスラエルを非難することで何か仕事をしているように思わせようとしている。田中は私に『(翌年)7月に選挙があるので、何かをしていることを見せなければいけない』と言った」


 ロッキード事件に絡み、田中が独自の資源外交を展開するためアラブ諸国に接近を図ったことが、米国の石油メジャーの「虎の尾」を踏んだという説がまことしやかに語られている。

 田中はハワイで、日中国交正常化に踏み切り、台湾との外交関係を終えることを米側に伝えたとされる。仁義を切ったつもりの田中は同月末に北京に飛び、日中共同声明の調印にこぎ着けた。しかし、米側は日中国交正常化に突き進む田中への懸念を強めていった。


 ハワイ会談を控えた8月10日付で、米国家安全保障会議(NSC)極東担当上級部員だったジョン・H・ホルドリッジが、大統領補佐官だったキッシンジャーに送った機密扱いの公電が今年4月に公開された。そこにはこう記されていた。


 「田中は日米を『切り離せない兄弟』と言うが、中国との国交正常化に関する彼の扱い方は、この基本的な前提に多大な影響を与えるに違いない。田中はこのことに気付いているが、『米国従属』という国内の批判を恐れて、米国の懸案事項(特に台湾防衛に関する)について、あまり積極的になれない」


 田中の自主路線に芽生えた米側の不快感は増幅されていった。

独占発掘! 田中角栄・幻のインタビュー「角栄は、米国にハメられた。ロッキード事件は無実だった」田原総一朗 | クーリエ・ジャポン

そして、田中はいろいろな話をした。子供のときは吃音だったこと。その吃音を治すために、浪曲を歌い、六法全書を朗読していたこと。毎日毎日、畑に出て六法全書を大きな声で歌うように読んだ。だから自分は、あらゆる法律を暗記しているんだと言った。


六法を読み、肌身離さなかったことが自分にとって非常にラッキーなことになったと。戦後2回目の選挙で当選し、初めて衆議院議員になったときも六法全書を手に持って歩いていた。


国会の中で、当時の首相の吉田茂に会った。吉田は「どうして君はそんなものを持っているんだ」と話しかけた。首相が一年生議員に話しかけることなどめったにない。インテリで貴族趣味のある吉田は、新潟の田舎から出てきた土建屋の田中が六法全書など携えているのを見て、からかおうとしたのだった。


ところが、からかい半分に法律について尋ねると、田中はことごとく明確に答える。官僚出身の吉田は驚き、田中を法務政務次官に抜擢する。

そうして田中角栄は、いわば院政を敷いた。竹下登が弓を引くまで、田中に異議申し立てをする政治家はいなかった。
田中の政治信条の一つ、列島改造論の根幹にあった「国土の均衡ある発展」は正しかった。間違いなく、田中が正当な実権を握っていたあの時代は正しかったのだ。


そして、田中の政治手法も致し方なかった。吉田茂以来田中以前の総理大臣は、石橋湛山を除いて東京大学京都大学の卒業で、高級官僚出身者だ。小学校卒の田中、閨閥も財閥も学閥もない、あるとすれば新潟県人会と小学校の同窓会しかなかった田中角栄が永田町で権力を握るには、あの方法でしかなかっただろう。


しかし、田中角栄が隠然たる力を持ち続け、その影響を受けた政治家たちが田中の政治手法をまねた。カネの集め方、生かし方、使い方から公共事業中心の政治手法まで田中のやる通りにやってきたが、所詮は「小」田中が増えただけで、日本の政治はどんどんゆがんだものとなり、腐敗していった。

田中角栄を葬ったのは誰だ | 平野 貞夫 |本 | 通販 | Amazon

ロッキード事件が発覚した当初、最も疑惑の目が向けられていたのは中曽根康弘だった。
なぜ「中曽根康弘の事件」は「田中角栄の事件」と見られるようになったのか。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20180527#1527418006
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20180504#1525430119
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20180325#1521975032

中曽根裁定 - Wikipedia

1987年10月31日に自由民主党総裁中曽根康弘が、竹下登幹事長、安倍晋太郎総務会長、宮沢喜一大蔵大臣の3人(安竹宮)の内から竹下幹事長を次期総裁に指名したことを指す。

冤罪 田中角栄とロッキード事件の真相 | 石井一 |本 | 通販 | Amazon

第五章 何がオヤジを「闇将軍」にしたか

キッシンジャーにやられた」オヤジは言った。そして日本は田中角栄を失った。


 開業から13年で初めて累積損失を解消し、利益剰余金23億8100万円を計上した。開業前の04年2月時点の試算で41年度での解消を見込んでいた同社は「想定より大幅に早く累積損失が解消された」としている。


 17年度の旅客輸送人員は年間1億3390万人、1日当たり37万人で前年度比4・5%増と過去最多。05年8月の開業以来、右肩上がりで増えている。


 旅客輸送人員の増加で、純利益は46億100万円(前年度比24・3%増)で過去最高を更新。経常利益は、61億4800万円(同22・7%増)で、09年度から9期連続の経常黒字となった。


 同社は沿線開発の進展で人口が増えるとみており、2020年度の1日当たりの輸送人員を17年度比8%増の40万人と試算している。このため、混雑駅のホーム延伸工事を行うなどの安全対策を講じる方針だ。

首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス - Wikipedia

田中角栄新潟県庁にいるので力を借りるとよかったと思う。
「不明を恥じる。石原慎太郎の本は我々が回収する。」と。

#政界再編#二大政党制

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中国の習近平国家主席は「上海協力機構」の首脳会議に合わせ中国を訪れているロシアのプーチン大統領と8日、北京で会談し、会談後に共同の記者会見を行いました。


この中で習主席は、両国はともに責任ある大国だと強調したうえで「中国とロシアは国際情勢への対応で戦略的な協力を深め、注目される問題において政治解決を促していく」と述べ、朝鮮半島情勢をはじめとする国際的に重要な課題への対応で連携を強化する姿勢を示しました。


これに対し、プーチン大統領「ロシアと中国は、朝鮮半島と北東アジアの平和と安定を希望しており、協議がわれわれが描いた道筋で進んでいることを喜ばしく思う」と述べ、対話による解決を訴えてきた中国とロシアの思惑どおりに協議が進んでいると強調しました。


また会見では両国が貿易関係や民間交流を強化していく方針などが明らかにされたほか、会見後には、中国との友好関係を深めたとして習主席からプーチン大統領に勲章が授与されました。


アメリカが貿易問題で中国への圧力を強め、ロシアにもサイバー問題などをめぐり経済制裁を科す中、中ロ関係の緊密ぶりをアピールし、アメリカをけん制する狙いもあるものと見られます。


北朝鮮国営の朝鮮中央テレビは、キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長が、ピョンヤンに新設された海鮮料理を提供する大型のレストランを視察したと9日、伝えました。


公開された写真にはキム委員長が、リ・ソルジュ(李雪主)夫人や関係者とともに施設内を見て回る様子や、生けすをのぞき込む姿などが写っていて、キム委員長は「四季を通じておいしく栄養価の高い水産物が提供されるようになれば、わが人民は喜ぶだろう」と述べたということです。


また、北朝鮮を訪れる外国人にも十分なサービスを提供するよう指示したということで、外貨の獲得につなげたい思惑もうかがえます。


キム委員長はこのところ、東部のカンウォン(江原)道に完成した鉄橋や建設中の観光開発地区など、経済関連の視察を相次いで行っていて、史上初の米朝首脳会談を前に、制裁の緩和なども見据えて、経済の立て直しに全力を挙げる姿勢を重ねてアピールする狙いがあると見られます。


史上初の米朝首脳会談の開催地となるシンガポールのバラクリシュナン外相は、9日までの3日間の日程で北朝鮮ピョンヤンを訪れてリ・ヨンホ外相などと会談し、現地の受け入れなどについて最終的な調整を図ったと見られています。


中国国営の中国中央テレビのニュースサイトによりますと、バラクリシュナン外相は、9日、北京を経由してシンガポールに戻る際に「米朝首脳会談の準備はすべて整っており、アメリカと北朝鮮は会談の準備について満足している」と述べたということです。


そのうえで「24時間後に双方の首脳が立て続けにシンガポールに到着する」と述べて、10日、トランプ大統領とキムジョンウン朝鮮労働党委員長がともにシンガポールに到着するという見通しを示しました。


シンガポールでは、キム委員長が宿泊する可能性のある高級ホテルの周辺で交通規制が始まるなど警備が強化されていて、米朝首脳会談の開催に向けた準備が進められています。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20180608#1528455016

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20180607#1528367953


アフガニスタンでは、イスラム教の断食月ラマダンが続いていますが、ラマダン明けには「イード」と呼ばれる祝日を迎えます。


アフガニスタンでのイードは、今月中旬に始まると見られますが、これを前に、反政府武装勢力タリバンは9日、「イードの3日間、国内の敵に対する攻撃を停止する」として、ラマダン明けの祝日に合わせて3日間、政府軍との戦闘を停止するという声明を発表しました。ただ、現地に駐留するアメリカ軍などへの攻撃は継続するとしています。


アフガニスタンのガニ大統領は7日、タリバンに対し、イード期間中の停戦を呼びかけていて、今回の発表はこれに応じた形となります。


タリバンによる一時停戦の発表は初めてと見られ、2015年以来、途絶えたままとなっている和平協議の再開に向けたきっかけとなるのか注目されます。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20180601#1527849948

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