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メモ>『モオツァルト』(小林秀雄)

「何という沢山な悩みが、何という単純極まる形式を発見しているか。」
「名付け難い災厄や不幸や苦痛の動きが、そのまま同時に、どうしてこんな正確な単純な美しさを現す事が出来るのだろうか。」
「人間は彼の優しさに馴れ合う事はできない。彼は切れ味のいい鋼鉄のように撓やかだ。」
「浪漫派音楽が独創と新奇とを追うのに疲れ、その野心的な意図が要求する形式の複雑さや感受性の濫用に耐え兼ねて、自壊作用を起こす様になると、純粋な旋律や単純な形式を懐かしむ様になる。」
「無用な装飾を棄て、重い衣裳を脱いだところで、裸になれるとは限らない。」
「凡才が容易と見る処に、何故、天才は難問を見るという事が屡々起るのか。詮ずるところ、強い精神は、容易な事を嫌うからだという事になろう。」
「何処にも困難がなければ、当然進んで困難を発明する必要を覚えるだろう。それが凡才には適わぬ。抵抗物のないところに創造という行為はない。」
「それは、モオツァルトの作品の、殆どすべてのものは、世間の愚劣な偶然な或は不正な要求に応じ、あわただしい心労のうちに成ったものだという事である。」
「しかも、彼は、そういう事について一片の不平らしい言葉も遺してはいない。」
「強い精神にとっては、悪い環境も、やはり在るがままの環境であって、そこに何一つ欠けている処も、不足しているものもありはしない。」
「モオツァルトは、何を狙ったのだろうか。恐らく、何も狙いはしなかった。」
大切なのは目的地ではない、現に歩いているその歩き方である。
「彼の教養とは、又、現代人には甚だ理解し難い意味を持っていた。それは、殆ど筋肉の訓練と同じような精神上の訓練に他ならなかった。」
「彼は、作曲上でも訓練と模倣とを教養の根幹とする演奏家であったと言える。」
「独創家たらんとする空虚で陥穽に充ちた企図などに、彼は悩まされた事はなかった。」
「僕等は、今日でもなお、モオツァルトの芸術の独創性に驚く事が出来る。そして、彼の見事な模倣術の方は陳腐としか思えないとは、不思議な事ではあるまいか。」
「モオツァルトは、目的地なぞ定めない。歩き方が目的地を作り出した。」


モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)