https://d1021.hatenadiary.com
http://d1021.hatenablog.com

印象に残る一節

危機的な状況にあって政治指導者は、うつろいやすい時流に染まってはならない。国家の岐路に立つ瞬間であればなおのこと、大勢に順応するのではなく、大所高所から責任ある決断力を発揮すべきである。最晩年の天皇は、ときの権力者や後世にそう言い残そうとしたのかもしれない。

『安岡正篤の世界』
P235

「『春秋左氏伝』成公八年の条に『信以て義を行い、義以て命を為す』とある。義命とは大義名分よりはるかに重いもので、道徳の至上命令にあたるものです。自分の心に深く内省してみると、もはや戦争はやめたほうがいいという答えが返ってくるからやめるのです。
 それを“時運”にすると、戦い、われに利あらず、だから、ときの成り行きのままやめるということになってしまい、まったくのご都合主義になってしまう。この姿勢はもってのほかといわなければならない」

P237

「現代の政治には理想がないといえる。民主政治の名の下に行政も議会もなりゆきまかせになりがちです。それもこれも終戦詔書のなかの“義命”を“時運”に変えてしまったところに責任がある。あなたも政治家として、時運派ではなく、義命派になってください」

P240

安岡正篤先生刪修の二大眼目についてもお話申しあげました。例の『万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス』と『義命ノ存スル所』の加筆の意図についてです。そのとき陛下は『わが意を得たり』といえるほどの顔色で、深く首肯されたのでした。

終戦の詔

時運ノ趨ク所堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス