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『母のための教育学』
P209

 島津の殿様、七十七万石の大殿様。奄美大島から琉球、さては南方まで相当勢力のあった島津公。事実は百七十五万石もあったでしょうか。徳川のこわがった島津の中興の祖。
 二人のお子様のうち、御総領があまりにもボンヤリしておられたという。薩隅日の三州のアトトリのことであり、お父様の御心配は一方ではない。十五歳になられた。元服です。御次男はまた、ことのほか、聡明でした。どちらをアトトリにしたものかと気をもまれる。
 家老たちを集めて、とうとう試験をなさる。その試験問題は実にやさしい。「何でもよい、すきなものをいって御覧」と。その筈です。親の出す問題だから。世界一やさしい問題です。その世界一やさしい問題に対して、何とやさしくすかしても御総領は答えられない。
 時間は経つ、仕方がない。次男の方に質問が向く。聡明なる御次男は即座に答えられました。床の間にかけてある中国の朱子の書かれた掛軸を指して、「あれを下さい」と。
 家老たちは、さてはアトトリは御次男さんかなアと感心しました。入学試験だったら、弟は及第、兄貴は落第と即座にきまるところです。だが、御父様はまだ御見捨てにならないで、やさしく、また、御兄様に、
 「さあ、何が欲しい、何んでもいいんだよ、オモチヤでも、たべものでも」と世界一、実に優しい。とうとう口を聞かれ
 「カルカンを千箱下さい」
と。カルカンは山のトロロイモでこさえた長崎のカステラ以上、世界一おいしいお菓子です。それを千箱ときいて家老たちは眼と眼を見合わせて笑った。仕様のない坊チャンだと心で笑ったでしょう。だが、御父様は見捨てられない。何かワケがあるのかと思われる。「何するのだ」と問われると、「ハイ、家来どもにくれます」と!
 家老たちはピックリして、畳に額をすりつけて心からお詫びしたそうです。聞かれた御父様は膝を叩いて、
 「決った。七十七万石はお前のものだ」と。家老だちもびっくりして、再び畳に額をすりつけて心からお詫びして、「この方になら生命が捧げられる」と互にメイメイ誓ったそうです。
 が、十六、十七、十八となかなかに聡明になられない。が、二十すぎて、だんだん利発になられて、温容なる中に威あり、聡明なる中に大望のある実に、島津藩七百年間で、最もえらい殿様になられたのです。

小原國芳選集 6 母のための教育学.教育立国論

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