【人、瞬間(ひととき)】あの木 宮大工棟梁・小川三夫さん(61)(中)
当時はまだノコギリは発明されていない。木はたたき割るものだった。曲がっていれば曲がったままに使うしかなかった。どうやって巨大構造物を建てたのか、じっくりと見るほど、技術と熱意に圧倒された。
思わず背筋を正していた。
使える木が減っているのだという。法隆寺で見たようなヒノキは、もう日本には存在しない。
「気候も変わってしまって、吉野のヒノキは300年、木曽のヒノキでも5、600年、それ以上は大きくならない。日本ではもう大木は望めない」
「日本は木の文化といわれるんですが…。根継ぎ(朽ちた部分を継ぎ足すこと)さえ輸入材でしなければならない状況は情けない。育てようという気概を持ってほしい」