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ジェラルド・カーティス氏と「政治という日本の弱点」を議論する(上)

 分かりやすいけれども、カーティス氏の思考はまことに緻密で、目が詰まっている。

 だからといって、「これこれこういう政治理論では」という発言をされることは決してない。カーティス氏の言葉は、あくまでも市井の言葉なのである。「政治家は明るくなきゃいけない。小泉(純一郎元首相)さんはその点良かった」などといった、くだけて本質を突いた表現を、偉い大学の先生から聞けることがあるのだろうか。

戦前の政治の伝統は、いろいろな意味で今の日本人の中に生きています。ただ、戦前の日本の政党政治をあまり美化しない方がいい。

 面白いのは、戦後の自民党の組織構造は戦前の政友会と似ていることです。民主党と合併する前の自由党が政友会の伝統をそのまま受け継いで、民主党の方はいろいろな政党の連合体でしたが、やっぱり非政友会なんですね。自民党の最初の総裁の鳩山一郎氏は政友会のリーダーでしたね。

 ですから2大政党制と言っても、日本の国民を代表する2大政党制ではない。もう1つの社会主義政党が十分育ってないような環境です。それからやはり憲法上の問題があって、軍部を抑えきれないという問題もあった。官僚に対してのパワーも十分ではなかったというのも最大の問題。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20090414#1239659136

 今でも政府与党連絡会議のようなものが開かれるでしょう。このことをやる議院内閣制の国は日本以外にはない。要するに日本の場合、官僚が構成する「政府」と与党が一緒になって政権を運営するという根強い伝統は、大正時代にさかのぼります。

日本の場合、与党と言いますが、政権党と言わないのはこの伝統があるからだと思います。

 残念なことは、日本の若い政治家の中には自分の国の歴史、政治史を十分知らない人が多すぎる。

昔は地主が多かったのですが、それでも選挙民のサービスをすることです。票をまとめるために、選挙民の悩み、要望、これに耳を貸す。「井戸塀政治家」と言われた戦前の政治家たちがいましたが、これは選挙運動のためにお金をたくさん使って、最後には井戸と塀しか残らないという意味です。

これは草の根の民主主義の伝統が、日本に強くあるということです。

それから、党内民主主義。派閥もあり、意見の相違があって当然という考え方です。これは日本の伝統です。良いことです。マニフェストを作って、その通り政権運営をするというのは、非現実的で、また望ましいと思わない。政党が一枚岩的になるのは決していいことではない。

戦前の政友会と民政党の闘いが、自民党の中の派閥の闘いに当たるでしょう。

もともとは政治家が方針を決めて、官僚が具体的な政策を作るものであるはずです。ところが、自民党が長年政権を持っていたせいで、いつの間にか官僚が方針を作って、その中で政治家がロビイストみたいに特定利益団体のために働く。そういう曲がったシステムになってしまったんです。だから今、いわゆる自民党55年体制は完全に崩壊する時が来たと思います。

公的年金の記録漏れなんかを見ると、官僚がもはや統治機能を果たしていない。

自民党がずっと政権を持ってくれる方が官僚にとっても都合がいいから、自民党が困らないようにいろいろ考える。それがいわゆる55年体制でした。

その理由の1つは「バイパルチザン(bipartisan)」です。超党派的なことをやっても、2大政党制が定着しているので、党がなくなる心配は全くない。ドイツの場合も、CDU(キリスト教民主同盟)とSPD社会民主党)が大連立を作っても、これで1つの政党になってしまうという心配は全くない。

 しかし日本の場合は、まだ2大政党制が定着していないので、小沢さんと福田さんが考えていた大連合を作ったら、日本の戦前中の大政翼賛会の二の舞いになる可能性が非常に大きい。

 今、民主党が経済危機を乗り越えるために自民党と相談をして、譲り合って本当にいい政策を作るんだったらいいかもしれませんが、今の時点で大連合を作れば、民主党自民党にのみ込まれるようになって、民主党は要らないじゃないかという話になってしまう。

政権交代があって、民主党アイデンティティーがある程度定着し、問題がある場合においては超党派的にやることになればいいのですが、そうなるまでには時間はかかりますね。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20090207#1233993940