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【一服どうぞ】裏千家前家元・千玄室 無財の七施の教え

 仏教の教えに六波羅蜜(ろくはらみつ)というのがある。菩薩行であり、布施、持戒(じかい)、忍辱(にんにく)、精進、禅定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)のいわゆる六道である。その一番が布施で、一般的には寄進とか物を恵み与えることだが、実はそんな単純なことではない。

 それを戒めるために無財の七施の教えがある。和顔悦色施(わがんえつじきせ)、眼施(げんせ)、身施(しんせ)、心施(しんせ)、言辞施(ごんじせ)、床座施(しょうざせ)、房舎施(ぼうしゃせ)である。施しとはとかく物質的なものと思われており、単に金銭を寄付したりすることで布施をなしたが如くだが、実はそうではない。自分の思いや信ずるところをもって、他の人や他のことへの施しが、無為の間になされてこそ真の施しとなる。

 中国の梁の武帝達磨大師との間で交わされた「無功徳」はあまりにも有名な話である。


 信仰の厚い武帝は写経をしたり、寺院を建てて僧侶を養成した。そのことに対して、功徳があるかと達磨に尋ねた。達磨は「自分のなしたことを得々といって功徳も何もあるものか」と大喝されたのである。キリストも「汝、右の手でなしたことを左手に知らしめるなかれ」と教えている。とかく真の恵の意味も知らずに、「自分はこれをした、あれもした」と徳を積み重ねているように思い込むのが普通の人間である。けれども、そこからもう一歩前へ踏み出すことによって、無財の七施が理解できるようになる。

 最近は言葉の情けがないといわれる。家族はもちろん、他人に対しての「いたわり」の言葉を一言かけることによって、和む雰囲気が生まれる。一言「ありがとう。いかがですか」という思いやりを私は実践している。

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