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【一服どうぞ】裏千家前家元・千玄室 仏性に南北なし

 東西ベルリンの壁が崩壊し、往来が自由になった年、私はブランデンブルク門の真ん中に立って、しみじみと感無量の平和を味わうことができた。

 達磨大師から数えて第六代を継承された、唐の時代の六祖慧能(えのう)禅師がまだ少年のころ、薪を街に売りに歩いているときにある家の前で「応無所住而生其心(おうむしょじゅうにしょうごしん)」という言葉を耳にされた。正に住するところ無くしてその心生ずる。「住する」とは心が一つ所にとどまること、すなわち迷いで、いつもウロウロしていることをいう。とにかくこの言葉を耳にした慧能は、もっと深くその意味を知りたいと一念発起し、五祖弘忍禅師の寺を訪れるのである。ところが、誰の紹介があっても、禅の修行は容易に許されるものではない。厳しい入門の定めがある。慧能も僧院に入れてもらいたいと願うがケンモホロロに扱われる。


 「お前のような山の薪売りのものが来るところではない。さっさと山へ帰りなさい」と言われたときに、慧能は一言「人に南北ありといえども仏性に南北なし」と答えたという。「人間の生まれはいろいろと異なる。しかし誰もが生まれたときから仏性を持っているというのに、なぜ差別するのか」と言った。私は修行中、この偈(げ)を教わり感動した。そして、平常心を教えていただいた。

 慧能はこの一言で僧院に入り、修行に専念することができ、ついに五祖の後を継いだのである。六祖になってから、禅の教えを広く中国全土に及ぼし、圧政に苦しむ民を平等差別なく救われたという。このような人が、世に出て人を導いてくださったなら、この世の中は「青山元不動白雲自去来(せいざんもとふどうはくうんおのずからきょらいす)」であろう。

すべての煩悩を祓(はら)って素直な心で青葉若葉にふれたいと思う。

 私ごとだが、早朝の起床後に体操をし、そのあと利休居士の御祖堂にて座禅を組む。座って腹式呼吸を静かにしつつ、心や頭を落ち着かせ、一つー二つー三つーと数えながら、無念の境に入るように努力をする。この努力が大切で、これが活力になるのである。

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