急激に高まる米国景気悲観論 回復スピードは大幅減速必至 ジャーナリスト・東洋英和女学院大学教授 中岡 望|DOL特別レポート|ダイヤモンド・オンライン
アメリカ経済の見通しについて、急速に悲観論が台頭している。ポール・クルーグマン米プリンストン大学教授のように、比較的早い段階からアメリカ景気は“ダブル・ディップ・リセッション(2番底不況)”に陥ると主張する学者もいたが、大勢からすれば少数派であった。だが7月30日に米商務省が発表した国民所得統計速報値で第2四半期の成長率が2.4%に減速したことが明かになると、急速に悲観論が広がってきた。
ロバート・シラー米イェール大学教授
現在、FRBが懸念を強めているのは、過剰な金融緩和に伴うインフレ問題ではなくデフレ問題に移りつつある。バーナンキ議長の議会証言後の7月29日、セントルイス連銀のジェームズ・ブラード総裁は、アメリカ経済は「今後数年以内に、日本型のデフレに囚われることになるだろう」と警告を発している。同総裁は従来デフレよりも、インフレのほうが経済にとって脅威であるという立場を取っていたが、一転してデフレ脅威論を主張し始めている。
こうしたデフレ脅威論は、ボストン連銀のエリック・ローゼングレン総裁やニューヨーク連銀のウィリアム・ダドリー総裁が主張してきた。8月10日に、金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)が開催されるが、そこでどのような景気判断が下され、どのような政策が発表されるか注目される。
ただ、FOMCの予想はもっと楽観的である。FRBは年に2回、議会に対して金融政策報告を行っているが、7月21日に提出された報告では、FOMCの委員の大半は2010年の成長率は3%〜3.5%、2011年から2012年は3.5%〜4.5%と比較的高い成長を予想している。バーナンキ議長は「私の同僚は次の数年、穏やかな景気回復が続くと予想している」と語っている。
また、クレディ・スイスのエコノミスト、ジェイ・フェルドマンは、「現状は成長が鈍化しているだけで、ダブル・ディップ・リセッションとはいえない」とし、今年の下半期の成長率は2.75%程度になると予測している。
では、昨年の後半の景気回復はどのようにして達成されたのであろうか。まず第4四半期の5.0%の成長要因を分析してみよう。寄与度ベースでみると、最大の寄与をした部門は在庫投資であった。在庫投資の寄与度は2.83%で、成長率5.0%のうちの57%を占めていた。
次に大きな寄与があったのが、民間設備投資で寄与度は2.70%であった。在庫投資と設備投資の合計で5.53%になり、ほぼこの2部門が景気回復の原動力となったのである。またドル安を背景に、純輸出の寄与度がプラス1.9%になったことも景気回復の追い風となった。
ただGDPの70%以上を占める個人消費の寄与度は0.69%に過ぎなかった。公共部門は連邦政府がプラスの寄与があったものの、財政難に直面する地方政府の歳出削減で、全体としての寄与度はマイナス0.9%であった。金融危機を背景に先行き不安を覚え、金融逼迫に直面した企業が過剰に在庫調整を行い、その反動で、急激に在庫積み増しを行ったというのが景気回復の実態であった。また不況で先送りされていた企業の設備投資が出てきたことも、景気回復の要因となった。
今年の第1四半期はどうであったか。成長率は3.7%と昨年の第4四半期から減速したとは言え、依然として高水準の成長を維持していた。これも要因を分析すれば、第4四半期と同様、在庫投資と設備投資が最大の成長の原動力であった。個人消費はやや回復したものの、寄与度は1.33%で、全体の成長率の36%を占めたにすぎない。純輸出の寄与度はマイナスに転じ、公共部門のマイナスの寄与度は拡大している。
第2四半期の最大の特徴は在庫投資の寄与度が1.05%にまで急低下していることだ。個人消費の寄与度は1.15%で、全体の成長率の47%を占めているが、在庫投資の落ち込みを埋め合わせるまでには至っていない。個人消費の前期比の伸び率を見ると、昨年の第4四半期はわずか0.9%、今年の第1四半期は1.9%、第2四半期は1.6%に留まっている。
また第2四半期の特徴のひとつは、住宅投資の寄与度が3期振りに0.59%とプラスに転じていることだ。住宅投資の前期比の伸び率は27.9%で、1983年以降、最大の伸び率であった。ただ、これは特殊要因があった。住宅取得減税が4月末まで実施され、その効果によるもので、持続可能なものとは言えない。
他方、純輸出の寄与度はマイナス2.78%と再び成長の足を引っ張っている。貿易収支の悪化はユーロ安を反映し、輸入が大幅に増えたことが響いたものである。第2四半期の成長率は、言い換えれば、在庫投資と住宅投資を除くと、わずか0.8%に過ぎないのである。
ただ、現在、売上高在庫比率は過去最低に近い水準にまで低下している。この評価は大きく分かれる。企業の売上予想が極めて慎重になっていると見るのか、あるいはこれ以上在庫調整が行われる可能性は小さく、今後、在庫積み増しの余地があるとみるのかで、景気見通しも変わってくる。
景気回復の初期段階では雇用は増えず、“雇用増なき成長”の様相を示すのが普通である。最初は残業で需要増に対応し、それが限界に達すると、雇用増が始まるのが普通である。
だが、今回のパターンを見ると、成長率が回復しているのに、失業率は高まる現象が見られる。さらに高失業が長期にわたって続くと予想されている。
ただ、個人の実質可処分所得は比較的堅調に増えている。今年の第1四半期は前期比で3.84%、第2四半期は4.4%の増加を記録している。本来なら可処分所得の増加は消費支出の増加に結びつくはずであるが、先のGDP統計で見たように小幅な伸びに留まっている。所得が増えても消費が増えないというのは、言い換えれば、貯蓄が増えていることでもある。事実、第1四半期の可処分所得に占める個人貯蓄の比率は5.5%、第2四半期は6.2%であった。
アメリカ経済がブームの時だった貯蓄率2%台と比べると、倍以上の増加になっている。これは個人が将来に備えて貯蓄を殖やしているか、あるいは債務返済を進めているかのいずれかである。
企業は依然として大胆なコスト削減を進めており、それに伴って企業業績は改善しているが、雇用情勢はさらに悪化するという事態が起こっているのである。
さらに深刻な問題が未解決のままである。それは住宅市場の低迷であり、住宅差し押さえ件数の増加である。住宅取得減税措置で新設住宅販売は急増したが、6月以降急速に減少している。
クルーグマン教授は、追加的な財政措置の必要生を訴えるが、「政府の景気刺激策は大手銀行と大企業、富裕層を利しただけ」(グリーンスパン氏)との批判もあり、オバマ政権の動きは鈍い。