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日中対立の再燃(2)

 日本の前原外相は、駐日ロシア大使を呼びつけ、メドベージェフが北方領土を訪問したら日露関係は大きく悪化するので訪問しないよう求めたが、ロシア側は前原の傲慢さを非難しつつ拒否している。ロシアは1990年代、極東開発に日本の資本や技術を入れたがっていたが、今では日本の代わりに中国が資本や技術を入れてくれる。ロシアの石油ガスも、日本ではなく中国に売ることで、すでに話がついている。半面、日露間の経済関係は全く進展していない。

 以前なら、日本が経済利権をちらつかせることで、北方領土に対するロシアの強硬策をいくらか抑止できたが、もう今はそうではない。今のロシアで話題になっていることは、中国の対外貿易の2%しか占めていない中露貿易を、どうやって増やすかである。ロシアから見ると、日本は衰退していく国である。米国の覇権が弱まる中で、中露が結束して南北から日本を領土問題で威嚇する構図が出来上がっている。最初に喧嘩を売ったのは、領土権主張を日中双方で棚上げしたトウ小平との約束を破棄し、国内法で中国漁船員を逮捕した日本の方だから、自業自得の観がある。

 日本では、今回の尖閣紛争を、中国側から仕掛けた事件と見る向きが強いが、これも騙し絵だ。今回の事件は、日本側から起こしたものである。本記事の前編に書いたように、尖閣諸島について日中間に存在する顕在化している合意は、1978年に日中平和友好条約を結んだとき、トウ小平の提案で、日中が尖閣諸島の領土紛争を50年間棚上げすることで合意したという、一点のみである。領土紛争の棚上げとは、日中双方が、相手との紛争になるような領土権の主張をしないことだ。

 尖閣諸島の領海内で、日本の海保が中国漁船を拿捕し、船員を日本の法律で裁くと日本政府が宣言し、船長を送検した時点で、日本は尖閣に対する領土権を主張したことになる。双方の国内ナショナリズムに駆られた人々が強硬なことを言い、それに流されざるを得なくなって、双方の政府が「尖閣(釣魚台)はわが国固有の領土だ」「領土紛争など存在しない」と言っている分には、78年の合意の範囲内と考えられる。だが、中国人船員を日本の法律で裁くと宣言するのは、合意を破棄したことになる。


 衝突に関してどうみても中国漁船の方が悪い場合でも、日本政府は、日本の法律に基づいて処分すると宣言せず、中国政府に対して外交的に苦情を言い、船員を中国に送還して中国側で処分を行わせれば、日中合意の範囲内だった。日本が「国内法で裁く」と宣言し、尖閣問題の日中合意を破棄する行為をしたので、中国政府は対抗的に、中国にいたフジタの社員を逮捕した後「国内法で裁く」と宣言して見せたのだろう。日本は、自国がやったことと同じことを、悪い冗談的に、中国からやり返されたわけだ。

 これまで日本政府は、尖閣に関する78年の日中合意を守ってきたので、ナショナリズムに駆られる人々から「弱腰」と非難されてきた。この非難は一理ある。日本政府にとって、日中合意を破棄する戦略は、必ずしも悪いものではない。中国に勝つ勝算があるなら、日中合意を破棄して尖閣の領海や経済水域に入ってくる中国船をすべて拿捕・起訴するのも良い。しかし、それをやるなら、対米従属派の岡崎久彦が警告したように、先にロシアと和解して、外交力を高めておくべきだった。日本が今回、何の準備もせず日中合意を破棄してしまったのは、稚拙で自滅的である。


 日本の政府や与党内で、中国との敵対を強める戦略をあらかじめ練った上での行為なら、こんな稚拙な展開になっていなかったはずだ。それで私は、当時国交相として海保の担当だった前原外相が、米国中枢の誰かからそそのかされ、クーデター的に中国船員の逮捕をやったのだろうと推察している。結局、クーデターは完遂できず、船長を起訴する前に、政官財の各所にいる親中派から抑止が入り、菅政権は船長を起訴前に保釈して中国への帰国を許した。

 海保が拿捕したのは一般の中国漁船ではなく、漁船を装った中国農業省傘下の武装した監視船だったという説も出た。そうだとしたら、そのことが当局の調書に載るはずだし、それを発表すれば日本側は一気に有利になり、中国が悪いという話に持っていけた。そうなっていないということは、海保が拿捕したのが一般の中国漁船だったと考えた方が自然である。一般の漁船なら、海保船より航行速度が遅いだろうから、海保船が漁船を追い詰め、体当たりを誘発して拿捕した可能性が高くなる。

 以前の記事「中国軍を怒らせる米国の戦略」に書いたように、隠れ多極主義の米国は「米国は第2列島線(グアム島)まで撤退するので、中国は第1列島線(黄海東シナ海南シナ海)の外縁線まで影響圏を拡大して良い」といったん中国に通告し、中国側をその気にさせた。その後、米国は、黄海に空母を入れると言ったり、南シナ海の南沙群島問題でベトナムを応援したり、前原らをそそのかして東シナ海で日中対立を先鋭化したりした。中国軍は欲求不満を募らせ、共産党中央に「米国に譲歩するな」と圧力をかけるようになった。米国は、中国をアジア覇権国の方向に引っぱり出している。

 今回日本が起こした尖閣騒動は、中国のナショナリズムを扇動してしまい、人民解放軍など中国政界の強硬派を力づけている。台湾を反日の方向に押しやり、台中を結束させてしまった。前原らは、米国の隠れ多極主義者(ネオコン)に、アジア多極化(中国強化)のためのコマとして使われた。米国側は、日本が持つ対米従属の欲求を逆手に取って、日本が嫌がる中国強化・アジア多極化・米国撤退への道を進めた。米国の隠れ多極主義的な面を軽視(無視)してきた日本の対米従属派の自業自得である。


 今回の尖閣騒動は、外務省が日本の対中国外交から外されることにつながるかもしれない。前原は、国交相として尖閣騒動を引き起こし、おそらく米国の推挙(米国から菅首相への圧力)によって外相になった。外務省の人々は、前原を押し立てて中国敵対路線を走ることで対米従属を強化できると喜んだだろう。しかし、これは米国の罠だった。

 対米従属派の前原や外務省が干されることは、その分、小沢一郎の影響力が復活することになりそうだ。日中関係を好転させるには、小沢に頼むのが最も早道だからだ。米国が対米従属派を暴走させて失敗させたおかげで、多極派の小沢が復権するという、どんでん返しが起きている。やはり米国は、すごいことをする国である。

 対米従属派は、尖閣騒動を通じて、沖縄の近くで日米と中国の対立関係を強め、普天間など沖縄の米軍基地を維持するつもりだったと考えられるが、対米従属派の策略が失敗したため、沖縄の米軍基地を維持する方向の政治力学が減少した。尖閣騒動の中国船長釈放から4日後の9月28日、沖縄県仲井真弘多知事は、これまで曖昧にしていた普天間基地に対する自らの方針について「県外移転を求める」と初めて表明した。

 昨秋の民主党・鳩山政権の成立から約1年がすぎ、政官界での暗闘の末、日本の対米従属をめぐる状況は、昨秋の振り出しに戻った観がある。暗闘のため国是が定まらず、国民の間に政治不信が湧いているが、不信を抱くのは衆愚である。戦後60年、日本の根幹をなしてきた対米従属策を続けるかどうかの闘いなのだから、簡単に決着がつくわけがない。プロパガンダ(マスコミ)が暗闘に絡んでいるので、状況が国民から見えないのも不思議でない。マスコミの記者たちは、自分たちこそ「事実」の「現場」にいると思っているが、彼らが政官界から見せられている筋書きには、たっぷり騙しが入っている。マスコミ人のほとんどは、そのことに気づく嗅覚がないくせに「現場」にいない人をさげすむ慢心した間抜けである(間抜けにならないと出世できない)。「マスゴミ」と呼ばれて当然だ。見えない中での洞察が不可欠な状況になっている。