「小澤(征爾(せいじ))は卒業してからの進歩の度合いが凄(すご)いのです。徐々に徐々にでもよいから、進歩が止まらない奴が後で偉くなるんです」(斎藤秀雄)
斎藤を誤解してはならない。彼は、師として小澤に「まだ教えたりない」と痛感していたにちがいない。その少し前、小澤と並ぶ指揮界の新星となる岩城宏之が破門を願い出たとき、斎藤は言った。「本当に才能のあるヤツは、僕の顔に泥をぬって出て行く。いつまでも僕にくっついているのは駄目なヤツだ。君も僕を踏みつけて出て行くために、まだ僕のところで勉強しないか」
昭和34年はじめ、小澤が出国しようとしたとき、見送りの中に思いがけない姿があった。斎藤だった。師は「余ったから使っていいよ」と餞別(せんべつ)を差し出した。700ドルという大金だった。
素心を失わぬことが大事。