コラム:ドル基軸通貨に代わる「魔法の杖」はない=竹中平蔵教授
米国の相対的地位の低下を根拠とする「ドル危機論」はいまだに根強い。確かに、世界における米国の政治的・経済的影響力が、新興国の台頭などを受けて、今後さらに低下するのは必至だ。しかし、その結果として、ドル基軸通貨体制の崩壊につながると考えるのは早計だ。米国、そしてドルに取って代わる存在がないのは、後述するように、極めて明白な事実である。
だがその一方で、ドルの一極体制が不安定な均衡の上に成り立っているのは紛れもない事実だ。ドル・シニョレッジ(通貨発行益)、すなわちドル札を刷れば自国通貨建てで外国から輸入できる米国の「特権」は、世界的な経常収支の不均衡を作り出した。そのメカニズムの中で生まれたのが米国発のITバブルや不動産バブルであり、また今回の欧州危機の遠因にもなっている。そして今後、新興国バブルを発生させるのではないかと懸念されている。
しかし、ドルに代わる存在が見えない以上、現実問題として、われわれはこの不均衡とうまく付き合っていくしかない。基軸通貨をすげ替える、あるいは新たに作るなどの抜本的な変化は非現実的なのだから、そのようなことを議論するよりも、危機の芽に対するサーベイランス(監視)やアーリーウォーニング(初期警告)の体制の強化を急いだほうがいい。魔法の杖はないのだ。