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尖閣問題と日中米の利害

戦前に日本が中国を半植民地化していた時代、毛沢東は、共産党軍を率いて抗日戦争を続け、日本が戦争に負けた後、ライバルの国民党軍を中国大陸から台湾に追い出し、中華人民共和国を建国した。日本を追い出して中国を植民地化から救ったというのが、中国共産党の中国人民に対する政治正統性で、毛沢東や「抗日」の文字はその象徴だ。

 高度経済成長で貧富格差が増して貧困層共産党に対する信頼が揺らぐ一方、共産党胡錦涛から習近平への10年に一度の権力の世代交代を進めている今、中国の全土に日本敵視のデモが広がることは、共産党の政治正統性の再確認につながるので、共産党の上層部にとって良い。だから共産党は、中国全土での反日デモを容認ないし計画した。日本政府が、尖閣諸島に関する領土紛争の棚上げという、これまで中国と(暗黙に)合意してきた枠組みを、尖閣の土地国有化によって破り、中国側を怒らせたことは、中国共産党にとって好都合だった。

 しかし同時に、毛沢東の肖像は「左派」のシンボルでもある。共産党の上層部には、トウ小平が敷いた路線に沿って、経済成長を最重視し、貧富格差の増大などの悪影響を看過する傾向が強い中道派(穏健派)と、経済成長重視の政策を批判する左派(急進派)がいる。

 文化大革命後、左派は中国政界の主流から追い出されている。胡錦涛主席や温家宝首相は中道派で、胡錦涛は米国との対立回避を重視した超慎重派だった。温家宝は、左派の突き上げに対抗し、リベラル的な政治改革によって貧富格差や人々の不満を解消しようとした(温家宝は、天安門事件以降、封印されてきたリベラル派の再起を望んだ)。これから主席になる習近平も中道派だ。しかし、高度成長の持続は中国社会にさまざまなゆがみをもたらし、その結果、経済至上主義の中道派を敵視する左派への草の根の支持が広がっている。左派は、胡錦涛から習近平への世代交代を機に、中国政界の主流に返り咲くことを模索している。そして左派の代表だったのが、今春にスキャンダルで失脚させられた重慶市党書記の薄熙来だった。

 薄熙来は根っからの左派でなく、優勢な左派に接近し、左派的な政策をやって人気を集めて政治力をつけ、共産党の中枢で出世しようとした。薄熙来の策は成功したが、同時に党中央で主流の中道派の人々は薄熙来の存在に脅威を感じ、胡錦涛から習近平への世代交代の政治儀式が始まる今夏より前に、薄熙来をスキャンダルで引っかけて逮捕し、権力を奪った。

 そして、左派の不満がくすぶっていたところに起きたのが、尖閣問題での日本との対立激化だった。左派の人々は、毛沢東肖像画を掲げてデモ隊を率いた。表向きは、日本に対する怒りが発露された。しかしそのに、デモを激化させ、日本への怒りとは別の、貧富格差や役人の腐敗など中国国内の政治社会問題に対する怒りを発露させるところまで進める意図があった。このような政治的手口は中国でよくあるので、中道派はデモ発生の当初からその危険性を知っていただろう。当局は、各地でデモが激化してくると取り締まりを強化し、デモを終わらせた。

 中国では、日本が尖閣の土地国有化に踏み切った背後に米国が黒幕として存在するという見方が強い。米国が、日中対立を扇動しているとの見方だ。今回の尖閣土地国有化の動きの始まりは、今年4月に石原慎太郎東京都知事が米国ワシントンのヘリテージ財団での講演で、東京都が尖閣の土地を買収する計画を唐突に表明したことだ。

 米国は、南シナ海の南沙群島問題でも、フィリピンやベトナムが領有権の主張を強めるのを後押しし、これまでASEANと中国の間で棚上げ状態にしてあった南沙問題を再燃させた。米国は、比越などを代理にして中国包囲網の戦略を展開し、比越に最新鋭の兵器を売り込んでいる。そして、南沙と同じ構図が尖閣でも起きている。

 これまで米国の忠実な同盟国だったオーストラリアは、米国抜きのアジアを容認する外交戦略の白書を作り、近く発表する。

 この手の議論を、表でも裏でも見かけないのは日本ぐらいだ。今後、財政破綻などで米国の覇権が劇的に弱まると、その後の米国は、国力温存と米国債購入先確保のため、中国敵視をやめて、ベトナム戦争後のように、一転して中国に対して協調姿勢をとる可能性が高い。米国の威を借るかたちで中国敵視を強めた日本は、孤立した状態で取り残されかねない。

 中東では今、米国の威を借りてイラン敵視策をやってきたイスラエルが、米国からはしごをはずされている。9月25日、国連総会でのイランのアハマディネジャド大統領のイスラエル批判の演説に対し、席を立ったのはイスラエル代表団だけだった。これまでイラン批判をしてきた米欧はどこも席を立たず、イスラエルの孤立が浮き彫りになった。中東政治における攻守が逆転した瞬間だった。

 米国には、自滅的な失策とわかっている戦略を政府にとらせる勢力がいる。政治面では、軍産複合体と組んでいる右派(タカ派ネオコン)である。大量破壊兵器がないと事前にわかっていたのに、ネオコン大量破壊兵器の存在を主張し、開戦に持ち込んだイラク戦争が好例だ。ネオコンなど右派は、過剰に好戦的な外交戦略をとり、米国の覇権を自滅させている。経済面では、公的資金や連銀のドル過剰発行によって、リーマンショック後に大量発生した金融界の不良債権を買い支えたバーナンキ連銀議長やポールソン前財務長官らが、米国覇権を自滅させる政策をあえて進めている。彼らは、政治面で軍産複合体、経済面で金融界と組み、マスコミの論調を決定しているので、自滅策の自滅性を指摘されずに突き進んでいる。

 彼らは、なぜ米国の覇権を自滅させる策を続けるのか。私の見立てでは、彼らの上位にいるのはニューヨークの資本家層であり、世界のシステムを米欧中心(米国覇権)から多極型の体制(新世界秩序)に転換し、それによってこれまで米欧から経済発展を阻害されてきた途上諸国の経済成長を引き起こそうとしている。

 最近の数年間で、BRICSやイランの国際台頭、米国の繁栄を支えていた債券金融システムのリーマンショックによる瓦解、G7からG20への国際意志決定権の移動など、彼らの多極化戦略は着々と成功している。

 米国の中国包囲網は、隠れ多極主義者が軍産複合体を誘って始めた戦略だ。短期的には軍産複合体が儲かるが、長期的には中国の台頭と対米対決姿勢を誘発し、米国の覇権衰退と世界の多極化を早める。日本が米国に誘われて尖閣問題で日中対立を激化する策は、長期的に見ると失敗するだろう。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20120922#1348325320
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20120827#1346075706