なぜ宝塚版は劣化しているのか
それは表面的にしか演じていないから・・・としか言いようがないですね。
あれほど拒否していたエリザベートが最後にトートの愛を受け入れるのはなぜか。
本当は演じている人自身、なぜかわかっていないんじゃないかと
OG公演が進化したと思ったわけ
それが今回は花總まり、高嶺ふぶきら初演メンバーを迎えてのガラで、「あのころ」とは全く違う解釈の「エリザベート」を見せて貰ったという感じです。
一番の要因は花總まりでしょう。
花總エリザは「わかりあえない人間社会の中でもがいてもがいて疲れ切ったあげくにトートになびいた皇后」だったと言えます。
花總まりが、これほどまでに人間的成長を遂げるとは・・・・・
そして姿月あさとも
人間的に成長した主役二人の血の通った演技が「エリザベート」に新しい解釈を与えたのだと思います。