名人はやはり、昼食をとらずに休憩に入った。これも定石か。挑戦者のメニューは、あたたかいそばに、エビとなすの天ぷら、ヤマゴボウとかんぴょうののり巻き、ホウレンソウのごまあえ。デザートにオレンジとキウイが添えられた。
午後3時、対局室におやつの「みのぶまんじゅう」と柿、ホットコーヒーが運び込まれた。みのぶまんじゅうは、甲府市の南西、日蓮聖人ゆかりの身延山久遠寺で知られる身延町の名物だ。口に入れると、皮に練り込んだみその塩味がほんのりと感じられ、熱いお茶がほしくなる。柿は甲府の隣の石和産と、地元産にこだわった。名人はホットコーヒーのみの注文だったが、せっかくならばと両対局者に出された。
甘いものは、朝の対局開始時にも出された。これも甲府でよく食べられているという「くろ玉」。文字どおり見た目は真っ黒だが、切ると中は淡い青緑色で、コントラストがきれい。青えんどう豆のうぐいすあんを、黒砂糖の薄いようかんで包んだものだ。
定刻の午前9時、立会人の王立誠九段の合図で両対局者が1日目の55手目までを並べ直し、封じ手が開封された。山下名人が封じていた白56は中央「8の十一」だった。
最終局の舞台となった常磐ホテルは、井伏鱒二、松本清張ら多くの文人に愛された宿でもある。名人戦の対局に毎回使われている離れの「九重」は、山口瞳が好んで泊まった部屋。「凜(りん)とした、落ち着いたつくり」で、対局室に選ばれたという。
正午、昼食の時間になった。名人はもちろん、昼食なし。対する羽根挑戦者は昨日と同じく、あたたかいそば。えびとなす、しそのてんぷら、こんにゃくのいり煮。デザートにみかんが添えられた。
午後3時過ぎ、対局者におやつが運び込まれた。きょうはストレートの紅茶とバームクーヘン。出す直前に、料理長のアイデアで生のブドウの果肉が添えられた。
朝の対局開始時に出されたのも山梨のお菓子。中に白あんが入っている干し柿だった。
お菓子を選ぶ時は、季節感とともに、対局者の気持ちを考えてみる。「大変な緊張のなかで対局されている、その気持ちを揺るがせないように。一方で、ほっとくつろいでほしいとも思っています」。