晩年に国民栄誉賞を受賞した大女優も、昭和36年に代表作「放浪記」で初主演を果たしたとき、すでに41歳。
両親を亡くしたのは13歳のとき。15歳で芸能界デビューしたものの、映画の脇役や藤山一郎ら有名歌手の前座として、さまざまな仕事をこなさなくてはならなかった。チャンスが訪れたのは昭和33年。大阪・梅田コマ劇場に喜劇女優として出演していた場面を、当時東宝の重役だった劇作家、菊田一夫(1908〜73年)が偶然目にし、上京して35年に菊田の自伝的舞台「がしんたれ」に、作家、林芙美子(1903〜51年)役で出演。これが評判になり、翌年、同じ芙美子役で「放浪記」主役を任され、光が当たるようになった。
作品を舞台化した菊田も生後すぐ養子に出され、他家を転々とする不遇の少年時代を過ごした。芙美子を直に知る菊田が、苦労人の森さんを抜擢(ばってき)し「放浪記」を上演したのは、このせりふを自然に言える人生経験を森さんの中に見いだしたからだろう。