久しぶりのGOAL|長谷部誠オフィシャルブログ
スペシャル・インタビュー 長谷部誠 逆境時の「心の整え方」
―――先発復帰おめでとうございます! いやあ、本当に苦しかったんじゃないですか?
「うーん、考えることはたくさんありますね(苦笑)。悔しいっていうか、もどかしいっていうか。でも、試合に出られないからといって、いい加減に練習したり、日々の生活が乱れるようなことは絶対に嫌だった。だから一切、妥協しませんでした。自分のプライドというのもあったしね」
―――妥協しなかった例をあげると?
「マガトさんというのは他の監督に比べて、ものすごく走るメニューが多いんですよ。チーム内で不満の声があがっていたくらいに。でも、ふと気がついたんです。誰かのために走っているわけじゃなく、自分のために走っているんだって。だから常に先頭を走るようにした。まあ、マガトさんとは試合に勝つという最大の目的は一緒だけど、試合までの流れやトレーニングの仕方は170度くらい、考え方が違ったけどね。180度になると完全な反対になっちゃうから170度(笑)」
―――この夏のことを振り返ってほしいんですが、何があったんですか?
「昨シーズンが終わる前に自分の未来に関することを監督に話したら、途端に置かれている状況が変わったんです」
―――移籍を希望したんですね。
「契約に関わるので言えないことが多いんですが、サッカー人生を考えた時に、タイミングはここしかないと。譲れないものがあったから、自分の意見を言った。決して簡単に答えを出したわけではなく、厳しい状況になるのは分かっていた。だから後悔はまったくなかった」
―――残念ながらプレミアリーグへの移籍は実現しませんでしたが、ドイツの他のクラブからオファーはなかったんですか?
「ありましたよ。今でも話をもらっています」
―――それなら、なぜ移籍しようとは思わなかったのですか?
「むやみにドイツ国内で移籍したら、次のステップに進むためにまた2~3年待たなければいけない。もうそんな長い期間待てない。だったら、たとえ干されても我慢しようと思った。たとえ半年間、試合に出られなくても、耐え抜いてやろうと。中途半端に逃げるように移籍するのだけは嫌だったんです」
―――そうやって他のオファーを断り、覚悟の上でヴォルフスブルクに残ったということですが、それでもツラいものはツラいと思うんですよ。どうやって自分の気持ちを奮い立たせていたんですか?
「当たり前の話なんですが、家族でさえも考え方って違うじゃないですか。そうしたら一緒に働く人、自分の場合だったら監督やチームメイトですが、一人として同じ考えの人はいない。それさえ分かっていれば、どんな上司がいようと、自分を見失わないでいられる。考え方の違いをしっかり受け止めて、その上で自分の主観と客観を大事にする。そのバランスが大事なんじゃないかなって思いますね」
―――すみません、話が深すぎて分かりません(笑)。
「主観っていうのは、自分がどう考えるかっていうこと。客観っていうのは、監督やチームメイトの立場になって考えるということ。自分を内側からも外側からも見る。そのバランス感覚が優れている人がすごいって思うんです」
―――ヴォルフスブルクで試合に出ていない時、ものすごく日本のメディアから叩かれましたね。そういう時も自分を客観視できた?
「ヴォルフスブルクまで来たある記者の方が、こう言っていたんですよ。『自分もこういう状況でネガティブな記事を書かなきゃいけないのは、すごく心が痛い』って。記者の方たちも、自分自身と戦って書いているんだなって思った。悪い時は『悪い』って書くのがプロフェッショナルのジャーナリスト。自分はどんなに悪いプレーをしても、絶対ミックスゾーンではしゃべるって決めている。何を聞かれてもいいと思っています」
―――日本代表の試合後に「試合勘がない」と言われ続けて、よく怒らないなあと思って見ていました。
「選手も意外に大変でしょ(笑)? まあ、これはあまり明かしたくないんですが、僕はメディアに対しては自分に厳しいスタンスで話します。あのプレーは良くなかったと、どんどん口に出して言う。けれど、それと同じくらいに心の中で、『いや、お前はできる』っていう言葉を自分にかけているんですよ」
―――初めて知りました。
「そうすると、心が迷わない。苦しい時って、一番失っちゃいけないのは、自信と、その自信に伴う勇気だから。これもバランスなんですよね。外に厳しい言葉を出す分、自分の心にポジティブな言葉をかける」
―――批判で自信が揺らぐことはない?
「それはないですね。友だちも心配してくれて『大丈夫?』ってメールが来るんですが、中には突き抜けている人がいて『いい経験してるねぇ』とか『おもしろい状況にいるねぇ』と言ってくる。僕はどっちかというと、後者の考え方なんですよ。自分のことを1万人批判する人がいても、応援してくれる人が一人でも二人でもいれば、僕は頑張れる」
―――試合にずっと出られなかったのに日本代表のイラク戦で勝利に貢献したり、クラブでもチャンスが来たらすぐに結果を出した。この勝負強さは、どこから来ていると思いますか?
「自分の主体性がブレなければ、何が起ころうと関係ないんですよ」
―――不安にはならなかったんですか?
「不安になるのは、悪いことじゃない。不安になって、不安になって、底までいったら、あとは上がるしかないから」
―――ただ、そういう苦しい時に、家に帰って一人だと暗くなりません? 結婚したいと思いませんでしたか?
「いや、『本が友だち!』みたいな感じなので(笑)。ハハッ、この考え方、危険だな。僕より若い人には見習わないでほしいですね」
―――結婚観に変化はなかったんですね。
「もともと結婚観がないですからね。僕に聞くこと自体が間違っている。まあ、(吉田)麻也も結婚しましたけど、若くして結婚している人は本当に偉いなって思います。結婚して子孫を残すのは、人間の使命のようなもの。いつかはしたい。けれど、まだ自分は臆病というか、サッカーに関して生活のリズムを変えたくなくて。この点に関しては、本当に自分はダメな人間だなって思います」
日本代表のキャプテンという立場を守るだけなら、干された段階で妥協して移籍したほうが、精神的には楽だったかもしれない。メディアに叩かれることもなかっただろう。だが、長谷部は大きな夢を実現させるために、一時的な苦しみを受け入れ、見事に先の見えないトンネルを抜けたのだった。