【再登板 本格政権への道(1)】安倍氏、憲法改正へ一歩 雌伏5年…「蹉跌乗り越え」
5年3カ月前、病に抗せず退陣を余儀なくされた安倍氏は今回、尊敬する幕末の志士、吉田松陰の戒め「一蹉跌(さてつ)を以(もっ)て自ら挫折することなかれ」を実践してみせた。
「私は政治的に一度ほとんど死んだ人間だ。もう怖いものはなくなった」
安倍氏は総裁選以降、会合などで現在の覚悟についてたびたび強調してきた。その通り、最近の安倍氏の言動からは以前は目立った「気負い」はうかがえず、自然体にみえる。
安倍氏は首相退陣後、人事をはじめとする政権運営や各種政策などについて、「あのときはこうすべきだった」「自分の考え通りにやるべきだった」と思い返したことの一つ一つをノートに書きとめ、読み返して熟考を重ねてきた。
衆院選投開票から一夜明けた17日の自民党本部。圧倒的な戦果を挙げたにもかかわらず、政権移行の準備に入った党執行部や職員らに、浮かれた様子は見当たらなかった。
「予想以上の議席を獲得できたから、それだけ責任は重い」
午前10時すぎに党本部に姿を現し、こう述べた安倍晋三総裁の表情は昨夜から硬いままだった。衆院で公明党と合わせ3分の2の議席を得ても参院では過半数に足りず、この「ねじれ」が新政権のアキレス腱(けん)となりかねないからだ。
「とにかく参院選に勝たねばならない。力を貸してほしい」
安倍氏はこの日昼、党本部総裁室に石破茂幹事長を呼び続投を要請した。石破氏が現職にとどまることを望んでいるのは、以前から察していたのだ。
「お受けします」
神妙にうなずいた石破氏だったが、表情には明らかに安(あん)堵(ど)の色がにじんだ。安倍氏との不和が報じられてきた石破氏としては、安倍氏が幹事長続投を認めるか半信半疑だったのだろう。
実は安倍氏も当初、石破氏を防衛相などで処遇することを検討した。党の“スター”たちを入閣させ、新しい内閣をきらびやかに演出する狙いからだった。
安倍氏が目指す集団的自衛権の行使に関する憲法解釈見直しを実現するためには、党内で防衛問題の第一人者である石破氏ほどふさわしい人材はいない。
「安倍さんは結局、石破さんには参院選で共同責任を背負ってもらった方がいいと判断したのだろう」
安倍氏周辺はこう推測する。衆院選の大勝で、半年後の参院選では「民意の振り子が今度は他党に大きく振れるのではないか」(選対幹部)との不安も働く。参院選で指揮を執らせるほうが、石破氏の人気を生かせるとみたのではないか。
「選挙に勝利した執行部を交代させるには相応の理由が必要だ」。こんなベテラン幹部の一言も安倍氏の耳に届いていたという。
石破氏にとっても衆院選に続き参院選でも党を勝利に導けば「ポスト安倍」争いにおいて有利になることは間違いない。その意味で安倍氏と石破氏は“一(いち)蓮(れん)托(たく)生(しょう)”になったといえる。石破氏は周辺に参院選の重要性をこう説くのだった。