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コラム:アベノミクスでの円安臨界点は「ドル95円」=高島修氏

過去7年ほど、ドル円相場は日米金利差の中でも特に金融政策の方向性を織り込む傾向にある日米2年金利差と高い相関を有してきた。とはいえ、その相関の程度はいつも同じではなかった。


たとえば、ドル円が124円台で大天井をつけた2007年7月から08年12月末までの相関関係は、日米2年金利差が1%変化すると、ドル円が7円ほど動くというものだった。これは長期的な両者の関係から見ても、あまり違和感のないものだった。


ところが、米連邦準備理事会(FRB)が信用緩和(量的緩和第1弾)を始めた09年以降は、日米2年金利差が1%変化すると、ドル円が23円ほど動くという関係に変化した。ドル円金利差への感応度は一気に従来の3倍に跳ね上がったのだ。


これは、米市場金利が歴史的な低水準に低下し「金利の希少価値」が高まったことに加えて、FRBの大胆な量的緩和が米金利の限界的な低下とドル安円高を促したためだと考えられる。フローの面では、過去の両者の相関に着目したヘッジファンドなどによるドル売り円買いが行われたことが、ドル円金利差への感応度を高める原動力になったと見られる。


だが、金利水準の低下に伴って金利ボラティリティが低下したことで、この間、本質的には日米金利差がドル円に及ぼす影響はむしろ低下した。その意味では、日米金利差の実態からかけ離れたドル安円高が進んだのである。

ところが、足元では、FRBは15年半ばまでの金利据え置きを宣言しているにもかかわらず、それに先んじて量的緩和の巻き戻しを行う可能性を市場にシグナルし始めた。一方、日本では自民党安倍晋三政権が発足し、大胆な金融緩和と財政出動によるデフレ円高の克服を強く訴え始めた。日銀はインフレ目標の上昇修正とともに、今後も量的緩和の拡充など追加緩和を余儀なくされる可能性が高い。


こうした中、ヘッジファンドなど短期筋の投資行動は円買いどころか、完全に円売りに移行した。その結果、ドル円は日米金利差の実態からかけ離れたドル安円高水準を維持できなくなったと考えられる。これが日米金利差の大きな変化がないにもかかわらず、今回ドル高円安が進み始めた主要因と見られる。


つまり、現在起こっている現象は、過去に歪められた価格水準の是正であり、実のところは、金利差の実態に見合った水準への回帰かもしれない。07年から08年までの日米2年金利差との関係で試算すると、ドル95円前後がドル円の適正水準との推計値が得られる。

偶然にも、国際通貨基金IMF)の為替評価も95円程度までの円安は価格適正化の範疇との示唆を与える。昨年、IMFは為替評価モデルを変更し、為替レートが実体経済に及ぼす影響を加味する新しいモデルを導入した。実は、これは為替評価の世界においては「コペルニクス的転換」である。


その結果、昨年8月にIMFが発表した4条協議に基づく日本経済の年次報告書では、円の実質為替相場が10%前後の過大評価との認識が示された。これを名目為替レートに引き直せば、15―20%程度の円安は適正水準への回帰と見なされうる。ドル円で言えば、ちょうど95円前後が目安となりそうだ。急激に進む円安に、欧米からの牽制が入るのではないかとの危惧もあるようだが、今しばらくはその懸念は少ないのではなかろうか。

ただ、このようなドル高円安はあくまでも過去に蓄積された価格水準の歪みを矯正する過程で生じるものであって、アベノミクスや日本の政治環境の変化が実体的に金融経済面で具体的な変化をもたらしているわけではない。安倍政権の発足は単に価格調整のきっかけになっただけだ。特に今回、政治的な圧力で日銀が従来以上に金融緩和に取り組むようになるとの思惑が円安期待を強めているが、これは金融政策に対する誇大妄想というものだろう。


たとえば、01年から06年に日銀が量的緩和を実施した時には、為替相場ではドル安円高基調が続いた。ITバブル崩壊後にFRBが行った果敢な利下げ(金利政策)に伴うドル安圧力を日銀の量的緩和は跳ね返すことができなかったからだ。FRBの金融政策にしても、量的緩和に取り組み始めた09年以降、ドル円こそ下落したものの、米ドルの通貨インデックスはむしろ長期的な下落トレンドを脱し、対ユーロを中心に底入れの兆しさえ強めてきた。量的緩和為替相場に与える影響が極めて限界的なものであることを示唆する重要な事例である。


したがって、すでに金利政策の発動余地をなくしている日銀の量的緩和を頼りに、為替市場で円安が進んでいくことには早晩、限界が生じるはずだ。日米金利差の実体に見合う95円程度までなら、アベノミクスや日銀の緩和期待からドル高円安の流れが続こうが、一旦そうした水準に達し、価格正常化プロセスが終了すると、とたんに日銀の緩和期待に対する円相場の感応度は低下。円安相場はモメンタムを失うことになるのではないか。

もう一つ気になるのが、安倍政権が製造業復活へ税優遇などを検討していると報じられていることだ。


オバマ政権が製造業復活を掲げる米国では現在、住宅ブーム崩壊後に急増した建設ワーカーなどの長期失業者を製造業復活で吸収するという雇用戦略がとられている。日本が製造業主体による経済回復を目指し、円安を志向していると受け取られれば、米国の経済戦略・雇用政策と真っ向からぶつかる。


米国は「安倍政権は円安誘導を行っている」などとの牽制を始め、円売りポジションを膨らませてきた海外短期筋による円買い戻しの口実を与えることになるだろう、円相場は一転して急騰し、アベノミクスは行き詰まることになりかねない。

マクロ経済政策(金融政策、財政政策、通貨政策)の中で、日本がデフレ克服のために十分に発動しうる余地があるのは、今や通貨政策しかない。その通貨政策は効果的に発動する必要があり、そのためには欧米諸国などから円安合意をとりつけるのが望ましい。


その際、日本に求められるのは、内需主体での経済拡大シナリオを諸外国に示すことだ。つまり、金融緩和と財政刺激策といったリフレ政策に加え、円安政策を敢行することで、期待インフレ率の上昇を図る。それに成功すれば、実質金利が低下し、初めて日銀による金融緩和効果が顕在化し、消費や投資といった内需が拡大。円安で輸出が押し上げられたとしても、輸入が増加することで経常黒字は縮小する。


つまり、円安政策をとる中間目標は期待インフレ率の刺激であり、最終目標は内需拡大によるデフレ克服と国際収支均衡化であるべきだ。「近隣窮乏化策」と受け取られがちな通貨安による外需振興策とは対照的に、この点が明確に伝わるのであれば、諸外国も決して円安政策に対して異を唱えることはないだろう。

今週、甘利明経済財政担当大臣や自民党石破茂幹事長らが円安のデメリットに言及。ドル円が急落する場面があった。ただ、円高にせよ、円安にせよ、メリット、デメリットの2つの側面があるのは当たり前だ。貿易収支に着目していては、円高が望ましいのか、円安が望ましいのかの結論は見えてこない。より重要なことは、日本がデフレ均衡に陥っている国であり、その是正には期待インフレ率の上昇は避けて通れないという点だ。


この問題意識を政府内でしっかり共有すれば、甘利大臣や石破幹事長のような、軸足の定まらない発言が政府関係者から漏れ伝わってくることもなくなろう。円安の進行で欧米諸国との不協和音が生じることも少なくなり、場合によっては、自民党が選挙公約に掲げたような「平成のルーブル合意」締結さえも可能になるかもしれない。


ただし、逆に言うなら、期待インフレ率を中間目標に掲げるスタンスを明確に打ち出せなければ、つまり財政措置などを伴う製造業支援スタンスが露骨に出てきてしまうと、円安は「近隣窮乏化策」との印象を諸外国に与え、いずれ欧米諸国辺りからの牽制発言を招くことになる。この場合、アベノミクスは「ドル95円」前後で挫折することになりかねないだろう。