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焦点:日銀の「壮大な社会実験」、宴の陰で進行する財政不安定化

日銀の黒田新体制による異次元緩和は株式市場や為替市場で好感されたが、ロイターがインタビューした金融財政の専門家の多くは、2年以内に2%の物価上昇率を達成する目標について、実現は難しく、無理を承知で行う社会実験だとみている。


最大のリスクは円安・株高の宴の陰で、国債市場の機能低下が進み、財政不安定化が進行することであり、それを回避するにはマネーフローが引き起こす様々なリスクや、不測の金利上昇がもたらす財政ひっ迫や金融システム不安などを注意深く見極めていくことが求められている。


<高めの目標で期待に働きかけ、効果は不確実>


2年で2%の物価目標は実現できるのか──。識者の多くは実現は難しいと指摘する。


2%という高い目標を掲げること自体について、岩田一政・日経センター理事長(元日銀副総裁)は、望ましいとみる。日本の消費者物価指数は実勢より高めのバイアスがあり、高めの目標でいいとの考えだ。それでも、2年という短期間での達成は無理だという。


「持続的に2%の物価上昇(を実現する)には、毎年4%もの需要超過が必要となり、現状3%のマイナスの需給ギャップから考えても無理がある」。


加藤出・東短リサーチ社長も今回の緩和策について「オーソドックスに需給ギャップを埋めて2年以内に2%に持っていくことは事実上不可能と日銀もわかっている」と指摘。「景気が良くなれば、特に2%を望んでいる国民はいないとなり、無理して2%達成しなくてよいという議論になるだろう」と見ている。


政府サイドでも、達成を完全に見通せているわけではない。竹内譲財務政務官は「実際には大変困難な目標だ。壮大な社会実験に取り組んでいる」と指摘。安倍政権の経済財政諮問会議で民間議員を務める高橋進氏(日本総研理事長)も「もともとハードルが相当高いことは承知済み。達成を議論することは意味がない」と話し、目標を達成せずともデフレさえ脱却できれば前向きの循環が始まるとみる。


国際通貨研究所行天豊雄理事長(元財務官)は「理論的に言えば、デフレ脱却でマネタリズムの手法を使ってうまくいった国はあまりないのではないか」と不確実性を懸念しながらも、「最初からこうすれば乗り越えられるという安全弁はない。やってみて、変化をみながら、変動する環境に最も適合した政策がとれるかどうか、その能力にかかっている」と黒田総裁の手腕次第と見ている。


<物価上昇に寄与する動き、実体経済への波及難しく>


アベノミクスの政策を受けて、金融市場では株高や円安が一層進み、物価上昇に寄与する動きも一部に出てきた。高額消費の活況や円安による輸出企業の収益回復、輸入物価上昇を価格転嫁する動きなどが実際にみられ、黒田総裁も「狙い通り」と自信を見せる。


しかし、アベノミクス実体経済に実際に効果を与えているかを判断するのは時期尚早だ。高橋氏は現在の動きについて「世界経済が昨年後半から徐々に良くなってきた循環的な回復局面にあり、円安効果もあったところにアベノミクスが出てきた。アベノミクス自体の効果が出るかどうか、まだ材料が揃っていない」という。


円安や株高の効果で企業収益が改善し、雇用・賃金の回復を伴う物価上昇に結びつくには黒田総裁自身が「設備投資の動きが決定的に重要」と指摘する。ただ、この設備投資は「まだ具体的な強い動きは出ていない」(黒田総裁)。


識者の間では「期待」がいずれ実体経済に影響を与えるというルートに懐疑的な見方も多い。


BNPパリバ証券・チーフエコノミストの河野龍太郎氏は、ロイター外国為替フォーラムへの寄稿で、「期待」で動くのは株式や不動産、為替レートといった「ストック」の価格であり、最終財・サービスの価格や賃金といった「フロー」の価格は簡単には変化しないと指摘する。


一橋大名誉教授の野口悠紀雄氏も同様の考えで、「日銀はマネタリーベースの増加により、マネーストックがどう増えるか、設備投資がどう増えるかを数量的に示すべきだ」と話す。


<円安、債券市場に副作用も>


一方で、大胆な緩和による副作用も出始めている。


円安の進行は、すでに1ドル100円台に近づいているが、岩田氏は100円を超す円安は貿易面での不利が拡大し、交易条件の悪化を招くとみている。3月日銀短観ではすでに仕入価格上昇が販売価格見通しを上回り、交易条件が悪化していると指摘。過去にも、08年には先進国の金融緩和マネーと新興国経済の成長を背景に資源高となり、これに円安が重なって交易条件が悪化、日本経済は景気後退に陥ったという。


債券市場では、日銀による大規模な国債買入れで市場流動性に懸念が生じ、金利が乱高下している。


国債市場の動揺は、金融機関の経営に大きな影響がある。中央銀行国債市場を支配すれば、公正な価格形成機能が損なわれ、民間銀行の国債売却による機動的な資金調達が困難になりかねない。


BNPパリバ証券の河野氏は「国債市場は日銀の大量購入によって流動性が著しく枯渇し、機能不全に陥っている。日銀が直接価格をコントロールする官製市場の様相を呈しており、一国の金融システムの根幹である国債金利の体系に大きな歪みが発生していることは大変懸念される」と警戒感を示す。


<最大の懸念は財政不安定化、出口戦略も困難>


日銀が新規発行も含めたあらゆる国債を対象に大量に市場から購入することは、財政にとっては都合がよい一方で、金利上昇が起これば財政資金調達への影響が大きな懸念材料となる。


日銀の大量国債買い入れは「フィスカルドミナンス(財政支配)という問題に直面していく」(東短リサーチ・加藤氏)との指摘もある。日銀が国債を買うことで財政出動へのハードルが低くなるためだ。


与謝野馨・元経済財政担当相も、日銀が大量に国債を買い入れることによる「財政の甘え」を懸念。「長期金利はある日突然上がり始める。誰も打つ手がない。そういう性質のものだ」と警告する。


さらに、国債市場の機能が低下したり規模が縮小していけば、財政資金の調達に支障が出かねない。異次元緩和の狙いは、日銀が国債を大量に買い入れることで国債利回りが低下し、マネーを他のリスク資産にシフトさせることだが、これがかえって仇(あだ)となりかねないためだ。


慶応大学教授の池尾和人氏は「運用利回り低下により国債市場から離脱する市場参加者が多ければ、かえって需給が緩み、結局利回りは下がらない。何らかのストレスが市場に発生することで、財政に伝播(でんぱ)してしまうリスクや、金利上昇の際のリスクが大きくなったともいえる」と指摘。「これまで財政状況は、デフレのもとで奇妙な安定を保ってきたが、金利が上昇すると税収増より利払い増が大きくなり、資金繰りが苦しくなる。財政の安定が崩れるというリスクがある」という。


また、今回の緩和策により、出口戦略が難しくなったとする点も複数の識者が指摘する。東短リサーチの加藤氏は「先行き仮に2%に達したら、そこから抜け出すことが非常に困難な政策だと思う」と懸念を示す。「将来、(緩和政策を)正常化する際に、本来は日銀が国債を売却する必要があるが、その手前の議論として国債買いオペをスムーズに減らせるかというところで大きなハードルが出てくるだろう」とする。


これに対し、自民党山本幸三議員は物価安定目標そのものが財政ファイナンスの歯止めになると指摘する。「(物価上昇率)2%までは国債を買うが、それを超えたら止めるのが物価安定目標政策だ。物価安定目標政策こそ最大の財政ファイナンスに対する歯止めだ」という。


<デフレ脱却へ急がれる新たな矢>


円安や債券市場の混乱、財政ファイナンスといった懸念を払しょくするには何よりも財政再建への取り組み成長戦略の実現が急がれる。また、好循環による物価上昇には賃金の上昇が不可欠であり、アベノミクスにこれらを追加の矢として加えるべきとの意見が広がっている。


経済財政諮問会議では6月をめどに作成する骨太方針を作成するが、河野氏は「2015年度プライマリー収支赤字半減」といったスローガンを繰り返すだけではもはや十分ではないとする。すでに目標達成は遠のきつつある現状を踏まえ「公的債務膨張の最大の要因である医療や年金など社会保障制度の改革案が盛り込まれなければ、財政健全化計画は絵に描いた餅に終わる」と指摘する。


さらに、消費増税と財政引き締めが同時に起こる14年度には成長率の鈍化は確実だ。成長戦略や賃金引上げを急ぎ、景気を下支えする必要がある。野口氏は「政府の3本目の矢で何か出てくるか」が重要で、政府が古いものを保護してはいけないと指摘。製造業の縮小を引き受ける新しいサービス業としての形として、グーグル(GOOG.O: 株価, 企業情報, レポート)やアップル(AAPL.O: 株価, 企業情報, レポート)のように製造業とサービス業の区別がつかないような産業の新たな形態に期待する。


また高橋氏は「賃金引き上げをルール化していくことが一つの取り組みどころ、さらに過剰労働力を抱えている産業から成長分野にシフトさせていく仕組みが重要だ」として、労働市場改革にも力を入れる考えを示した。


黒田日銀が無理を承知で高めの物価目標を掲げた異次元緩和に踏み切った以上、その弊害を回避して賃金上昇を伴う好循環をもたらし、デフレから脱却するには、今度は政府が次々と矢を放たなければならない。