これだけ骨の太い、細部にわたって考え抜かれた構成と文章の小説は、なかなかお目にかかれないような気がします。
原田甲斐が自分の生命と名誉のみならず、家門一同を犠牲にしてまで守り抜いたものは、いったい何だったのでしょうか・・・
木村久邇典解説によれば、山本周五郎は、「原田甲斐は酒井邸での老中評定に出向いていった時に死を覚悟していたのだろうか」という質問に対して、「いや、甲斐は、そこで自分が殺されるなどとは思ってもいなかっただろうな。彼は最期の最期まで、ねばりづよく精一杯に生きようとした人物だったのだから」と答えたそうです。
「樅ノ木」が書かれてより半世紀近くを経て、再び伊達騒動を書いた作家は、現代を映し出すミステリーの第一人者として数々のベストセラーを出し、その後忠臣蔵や幕末ものなど時代小説の分野でも精力的な活躍をしている、森村誠一です。
原田甲斐は主役ではなく多くの登場人物の一人という位置づけですが、一見存在感の薄い「昼行灯」のように見えながら、「身内の奥に獣を飼っている」人物として描かれています。
原田甲斐の行動の裏には、若い主君である綱宗の中に、自分と同じ戦国の荒ぶる魂を発見し、それを解き放ちたいという衝動があったようにも書かれています。
作者は後書きで、単に幕府対伊達家にとどまらず、「権力交代に伴う人間たちの泡沫のような野心の行方の虚しさ」を描きたかったと述べています。