【きょうの人】竹本住大夫さん(88) 脳梗塞から復帰した文楽太夫の最高峰 - MSN産経ニュース
昨年7月、脳梗塞で倒れたが、壮絶なリハビリで舞台に帰ってきた。88歳。奇跡ともいえる復活を遂げ、1月の大阪の舞台に続いて11日から東京・国立小劇場の文楽公演に出演、「寿式(ことぶきしき)三番叟(さんばそう)」の翁(おきな)で1年ぶりに東京の舞台にも復帰する。
「(大阪での)復帰初日のお客さんの拍手は一生忘れられへん。『待っていてくれてはった』と思うと胸がつまった。ただ後遺症で、まだちゃんと(浄瑠璃を)語れていないことが恥ずかしい」。文楽太夫の最高峰にして人間国宝は、芸の高みを自身に課し続ける。
倒れたのは大阪の自宅。朝、歯を磨こうとしているときだった。当時、文楽は大阪市の補助金削減問題で揺れていた。心労や過労が重なっていた。軽度の脳梗塞と診断されたが、「この年齢でどこまで回復できるのか」。不安がよぎった。「このまま太夫を辞めなあかんのか。いや、もう一回舞台に出たい。そんなことばかり考えていた」
もう一度、浄瑠璃を語りたい。その一心で、2キロもあるボールを投げたり、小説の音読で不自由な言語の訓練を繰り返したり。「先生、なんで、でけへんのやろ」。泣いて机をたたいたこともあった。「でも、ええ経験させてもろた。何事にも感謝ということを改めて教えられた。そして素直に語ること。体や口に力が入ったらあかん。リハビリも浄瑠璃も一緒やな」
東京公演への不安もある。右手が不自由なためホテル住まいが心配という。
「そやけど、根が浄瑠璃、好っきやねん。僕にはそれしかない」。病を経た後の、情の表現。未踏の芸境に向かって歩み続ける。