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【鑑賞眼】軍国の母と重なる藤十郎 斬新な御殿の場 - MSN産経ニュース

歌舞伎座 柿葺落五月大歌舞伎


 新開場・柿葺落(こけらおとし)大歌舞伎シリーズのふた月目。4月と同じ3部制で、歌舞伎ならではの格好な舞台が大顔合わせで組まれている。


 なかでも、胸震わせた2作。第2部の最初、仙台藩伊達騒動を題材にした「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」。幼君・鶴千代毒殺の陰謀を、わが子・千松を犠牲にして守り抜く“御殿”の場の乳人(めのと)政岡(坂田藤十郎)が素晴らしい。藤十郎熟成の作りで、八汐(やしお)(中村梅玉(ばいぎょく))になぶり殺される千松の断末魔を目の当たりにしてなお、幼君を守るため平然を装う凛然(りんぜん)さ。一転、1人になって千松の死骸(しがい)を抱き締め怒濤(どとう)の悲しみにくれる。“でかしゃった”に続き、浄瑠璃と三味線に乗って“まことに国の…礎(いしずえ)だった”と、両手を挙げてわが子の死を讃(たた)える藤十郎の風姿には、先の大戦で息子の戦死を知らされた軍国の母の姿が重なった。“御殿”がかくも斬新に思えたことはない。見る側の感受性にさまざまな刺激を、飛躍を、そして解釈を与えることこそ歌舞伎の不滅性を物語る。“床下(ゆかした)”になって、松本幸四郎の仁木弾正(にっきだんじょう)、中村吉右衛門(きちえもん)の荒獅子男之助(あらししおとこのすけ)。


 第3部の「京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめににんどうじょうじ)」。白拍子花子に坂東玉三郎と尾上(おのえ)菊之助。平成16年に初コンビを組んで以来、5度目の共演。花道の出から、そろいの赤、引き抜きで若草色の衣装に替わり、手踊り、互いの一人踊り、鈴太鼓…と一糸乱れぬ所作は、キレイ!の一語。修行僧たちの“舞尽くし”の台詞(せりふ)ではないが、めまいがする美しさだ。大詰めの“鐘入り”で2人が蛇体に変身せず、キレイなままなのも目に清(さや)かに残像する。


 第1部幕開きに祝儀舞踊「鶴亀」。梅玉の皇帝、中村松江の従者、中村橋之助の亀、中村翫雀(かんじゃく)の鶴で。次が「寺子屋」。不条理この上ない筋立てながら、三大狂言の一つ「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」の四段目。忠義のため預かった他人の子を殺す師、武部源蔵に坂東三津五郎。悩み、嘆く姿が素直な表出で、強気を装わない風情が演技派の三津五郎らしい。身替わり承知でわが子を差し出す松王丸の幸四郎が本役。病身の影に潜める懊悩(おうのう)が力強く、対比が新鮮だ。源蔵女房で中村福助、松王丸女房千代で中村魁春(かいしゅん)。最後が、歌舞伎の見本のような黙阿弥作「三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)」から“大川端庚申塚(おおかわばたこうしんづか)の場”。尾上菊五郎のお嬢吉三、片岡仁左衛門のお坊吉三、幸四郎の和尚吉三。七五調の名台詞、三人三様の衣装と意匠、すっきりする見得(みえ)。ビッグ3(スリー)が歌舞伎の醍醐味(だいごみ)を堪能させてくれる。夜鷹おとせに中村梅枝(ばいし)。


 第2部の「吉田屋」は仁左衛門が、和事のふわっとした二枚目半ぶりを伊左衛門で見事に見せる。玉三郎が夕霧で、これまた黄金の絡み。惚(ほ)れてスネて、思わず笑みが漏れる一幕。第3部の初めに「梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)」。吉右衛門の梶原、菊五郎中村又五郎の大庭(おおば)兄弟、六郎太夫中村歌六(かろく)、娘梢に中村芝雀(しばじゃく)と絶好な配役でダイナミックな武士の物語。29日まで、東京・銀座の歌舞伎座。(劇評家 石井啓夫)