検証・首相靖国参拝:「日米同盟揺らぐなら私の失政だ」 - 毎日新聞
昨年12月22日夜。東京・富ケ谷の私邸でくつろぐ安倍晋三首相に側近が電話を入れた。「年末年始はどちらかにお出かけになりますか」。4日後の26日で政権発足からまる1年。これを機に、首相が靖国神社に参拝するのかどうか、探りを入れたのだ。
首相官邸と外務省は、中国、韓国との首脳会談を実現させるため、関係改善の努力を重ねていた。首相は2012年9月の自民党総裁選の際、第1次内閣で参拝しなかったことを「痛恨の極み」と語ったが、就任直後の同年末、13年4月の春季例大祭、8月15日の終戦記念日、10月の秋季例大祭といずれも参拝を見送った。菅義偉官房長官、世耕弘成、杉田和博両官房副長官ら官邸中枢は慎重意見が大勢を占めていた。
しかし、首相の答えには有無を言わせない強さがあった。「これまで止められてきたが、26日に靖国に行こうと思う」
首相周辺は、中韓以上に、米国の反応を気にかけていた。13年4月、首相が国会で「侵略の定義は学界的にも国際的にも定まっていない」と答弁したことが米国内の批判を招いた苦い経験があったからだ。首相はそれを見透かすように続けた。「私が参拝したことで日米同盟が揺らぐとしたら、関係強化の取り組みが甘いという、私の失政だ」
翌23日から参拝に向けた準備が極秘に始まった。関与したのは首相周辺の限られたメンバー。外交面の影響を最小限にとどめるため、恒久平和を誓う首相談話を作成することや、靖国神社に合祀(ごうし)されていない戦没者を慰霊する敷地内の「鎮霊社」にも参拝する方針が固まった。
当日まで徹底した箝口令(かんこうれい)を敷き、米中韓など関係国には直前に通告した。官邸関係者は「右翼の街宣車が駆けつけ、その中で首相が参拝する映像が流れたら政権はアウトだった」と振り返る。毎日新聞などが加盟する内閣記者会への通告は26日午前、首相参拝の約1時間前だった。
菅氏には参拝2日前の24日、首相が直接伝えた。「任期中に1回参拝すればいい」と考えていた菅氏も観念し、「もうずるずる延ばせない。年内に片付けて、一からはい上がろう」と周囲に漏らした。
26日朝、沖縄県にいた日韓議連会長の額賀福志郎元財務相は、首相から電話で「国民との約束なので決断した」と告げられた。額賀氏は「できるだけ思いとどまってほしい」と要請したが、首相の気持ちは揺らがなかった。保守層の支持を受けて再登板した首相は、秋以降、「約束」を果たすタイミングをずっと計っていた。
参拝のハレーションは小さくなかった。米国は即座に「失望している」との声明を発表。岸信夫副外相が13日から訪米するなど、政権は年をまたいで説明に追われている。