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集団的自衛権で日本は拡大版NATOに組み込まれ、その「秘密部隊」を暴力集団が提供することに | 《櫻井ジャーナル》

 日本でも似たようなことが試みられている。日本が降伏してから6年後、朝鮮戦争が勃発した翌年にあたる1951年に当時の法務総裁(後の法務大臣)、木村篤太郎が左翼/労働運動を押さえ込むことを目的に、「反共抜刀隊」という構想を打ち出して博徒テキ屋を組織化していったのである。この構想は挫折してしまうが、広域暴力団、いわゆる「ヤクザ」を生み出すことになった。日本の「右翼」が暴力団とつながっている理由のひとつはここにある。


 その当時、支配層が最も恐れたのは物流が止まること。海運の比重が圧倒的に大きかったため、港でストライキが起こって物資の流れが滞ることをどうしても防ぎたかった。そして1952年に「港湾荷役協議会」が創設され、会長に就任したのが山口組の田岡一雄組長だ。その後、山口組神戸港の荷役を管理することになる。東の重要港、横浜港を担当することになったのが藤木企業の藤木幸太郎だ。


 後に広域暴力団と警察の関係は深まり、溝口敦によると、「山口組最高幹部」は「関東勢は警察と深いらしいですわ」と前置きしたうえで、「警視庁の十七階に何があるか知らしまへんけど、よく行くいうてました。月に一回くらいは刑事部長や四課長と会うようなこと大っぴらにいいますな」と語ったという。(溝口敦著『ドキュメント 五代目山口組三一書房、1990年)

 日本の犯罪集団は昔から芸能の世界と関係が深いが、それだけでなく、ベンチャー・キャピタルの分野に進出しているようだ。正体を隠して成長を見込める新興企業などへ投資、「表世界」を浸食しているという。東電福島第一原発事故の処理に絡んでさらに暴力団と大企業の癒着が進んだとも言われている。「裏」と「表」が渾然一体となってきている。今後、拡大版NATOに日本が組み込まれたなら、こうした暴力集団が「秘密部隊」の実働部隊を提供することになる可能性が高いだろう。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20130209#1360416834