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「ジブリ作品の結末は、つくった本人さえ知らない」 鈴木敏夫氏が語る、宮粼駿の”異才” | ログミー

鈴木:じゃあ何を基準に良くて、何が悪いのかっていうのをね。わかりやすくしちゃうと彼に怒られそうだけど、僕が思ってたのは、自然を守る人がいい人で、自然を破壊するのが悪いやつ。


朝井:そういう線引きなんですね?


鈴木:って僕は理解したんですよ。

川上:でも、やっぱりナウシカをすごいなって思ったのは、単純に自然を礼賛するような話になってないところですよね。自然・虫が人間に対しては毒で、人間はそれに怯えながら暮らしているんだけど、実はそれが守るべき自然であり、地球を浄化しているという、そういう構造ですよ。


本当の汚れは人間じゃないのか、少なくとも昔の戦争を起こしたのは人間じゃないのかっていうメッセージですよね。


鈴木:原作のほうでしょ?


川上:いや、映画のほうもそうですよね。


朝井:原作だとより強く出てますよね。


川上:原作の方だと、もう本当に「人類死ね」みたいな。


朝井:ここに入ってはいけない、自分は汚れだ、と認識して引き返しますよね。


鈴木:「私たちそのものが汚れかもしれない」と原作の方では描いてあるんですよね。映画では確かそれはなかったと思うんだよなぁ……。


朝井:映画では腐海が浄化していくものだっていう反転はありましたけど、そこで自分たちが汚れだっていう明確なところがあったのかっていうと、確かに…。


鈴木:僕はあのセリフを見た時にね、何しろそばにいるじゃないですか。ものすごいドキッとしたんですよ。僕は勝手に“ケガレ”と読んでいたんですけど、“ヨゴレ”なのかなぁ? って。


僕の勘違いかもしれないけど。何が言いたいかというと、それを突き詰めたらね、もう人間って何なの? って。要するに、自然のほうが大事なの? っていうことになっちゃうでしょ。僕は宮粼駿っていう人のそこにねぇ、ペシミズムっていうのか、それを強烈に思ったんですよね。

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