アングル:一段の円安警戒する日本企業、迫ってきた「損益分岐点」 | Reuters
米利上げによるドル高が視野に入りつつある中、日本の産業界から一段の円安を警戒する声が出てきている。輸入企業はもちろん、輸出企業にとってもエネルギーや素材の輸入コストが負担となる可能性が出てくるからだ。自動車部品メーカーからは105円前後が妥当との指摘も聞かれる。
<簡単に日本に戻せない生産>
102円を軸に上下1円のレンジ相場がほぼ半年続いてきたドル/円JPY=EBS。だが、この秋から動き出すとの見方が強まってきた。米国でテーパリング(量的緩和縮小)が早ければ10月にも終了する見通しで、その後の利上げが視野に入ってくる。
一方、日本では量的・質的金融緩和(QQE)が継続、もしくは追加緩和が期待されるなか、市場では、年末までに108円程度を試すとの予想も出ている。
円安は日本経済にとってプラス──。マーケットでは、そうした見方が依然多いが、産業界の現場は少し違うようだ。
たとえば自動車業界。完成車メーカーは円安が進むことによって輸出採算が改善し、業績の押し上げ効果を見込める。だが、その下の部品メーカーが必ずしも潤うわけではないという。
完成車メーカーは1ドル=80円を超える「超円高」で業績を圧迫された苦い経験から、為替変動に強い生産体制を目指している。現地で生産・販売する「地産地消」が基本で、生産の海外移管が着実に進む。
それは一方通行であり、円安が進んでも国内に回帰させることはなく、国内の部品メーカーにとって厳しい環境は変わらない。
ある中堅自動車部品メーカーの首脳は「部品の契約は(完成車の)モデルごとに行っており、生産途上での取引形態を切り替えるのは困難。材料費が上昇する中、国内工場の競争力を海外より高めていくことも難しい」と頭を抱える。
同社は、原油の輸入価格高騰で樹脂材料などが上昇し、すでに収益が圧迫されているという。納入先の完成車メーカーとは、輸入コストの上昇分をどちらが吸収するかについて交渉が行われているが、納入先との力関係から「不利だ」と漏らす。
<105円前後が妥当との声>
実際、今4─6月期決算では過去最高利益を上げた完成車メーカーに対し、デンソー(6902.T: 株価, ニュース, レポート)やアイシン精機(7259.T: 株価, ニュース, レポート)など大幅減益となった大手部品メーカーの明暗が際立った。
中部地区のある大手自動車部品メーカーの幹部は「ドル/円は105円前後が望ましい」との認識を示す。105円までなら業績の押し上げ効果が大きいものの、それを超えて110円に向かっていく展開となれば、エネルギーなど輸入コストが高くなるという。
完成車メーカーにも、現在の為替水準が理想的とする経営者がいる。日産自動車(7201.T: 株価, ニュース, レポート)のカルロス・ゴーン最高経営責任者(CEO)は先月17日、現在の100─102円レベルは「パーフェクト」と述べた。
ゴーンCEOは「以前から1ドル100円がニュートラル(なレベル)と言い続けてきた。80円も望まないが、110円とか120円に進む必要はない。われわれが望むのは、ドル/円がニュートラルなレベルで推移し、自分たちの仕事に専念できることだ」と話している。
<スカイマークが「A380」を断念したわけ>
輸出企業ですら一部では望んでいない一段の円安。原材料やエネルギーを輸入に頼る企業ではなおさらだ。
燃油価格が上昇しても、その全てを運賃に転嫁できない航空業界も、円安を歓迎していない。国内3位の航空会社、スカイマーク(9204.T: 株価, ニュース, レポート)は7月、大型旅客機「A380」導入をめぐり、欧州航空大手エアバス(AIR.PA: 株価, 企業情報, レポート)との交渉が決裂した。その背景には円安による業績悪化がある。
航空会社は通常、機体納入時に価格の大半を支払うが、スカイマークは円安による燃料費の増加などにより、2014年3月期に5期ぶりの赤字決算となり、代金支払いに不安が生じたとされる。
日本航空(JAL)(9201.T: 株価, ニュース, レポート)、ANAホールディングス(HD)(9202.T: 株価, ニュース, レポート)とも燃油費の上昇は悩みの種だ。増便のため絶対的な使用量が増えている側面もあるが、営業利益ベースで4─6月期の燃料コストは、前年に比べてJALは53億円、ANAは98億円、それぞれ増えているという。JALは旅客数の増加による増益要因52億円がほぼ吹き飛んだ。
<マーケットの認識も変化迫られる>
みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト、唐鎌大輔氏は、7月7日に日銀が公表した「地域経済報告(さくらリポート)」の中に、今が円安の損益分岐点かもしれないと思わせる趣(おもむき)があった、と指摘する。
それは一部地域から寄せられた、企業の価格転嫁についての報告だ。「自己負担の限界」とされる部分では「電気代や食材価格の上昇、円安による仕入れコスト上昇を企業努力で吸収してきたスーパーや飲食・宿泊等でも、これ以上の負担は困難として、消費税率引き上げに合わせて本体価格を値上げ」するとあった。
「(リポートの)『自己負担の限界』という見出しにも表れるように、海外収益が円安でかさ上げされるという効果を踏まえても、もはやこれ以上の円安は企業にとってコスト増大要因であり、損益分岐点を超える話になるという事情も透けて見える」(唐鎌氏)という。
2012年11月からいわゆる「アベノミクス相場」が始まってから、ドル/円は20円以上円安が進んだ。株高も同時並行で進み、マーケットでは「円安イコール株高」というイメージは残っている。
しかし、行き過ぎた円安は日本経済全体で見てダメージ部分も大きくなってくることが明らかになってきた。市場では日銀の追加緩和への期待はまだ大きいが、その議論にも影響を及ぼしそうだ。