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母が重くてたまらないー墓守娘の嘆き - 原宿カウンセリングセンター

本書には3つの柱がある。墓守娘とその母と父の3人である。

本書をきっかけに、墓守娘という言葉が静かに広がることを願っている。そして何より、私が伝えたかったことが、父・母・娘の三者にそれぞれ伝わることを願っている。

貞子ちゃんの連れ連れ日記:書評「母が重くてたまらないー墓守娘の嘆きー」

「墓守」という言葉は、もう守る意味さえ無くなっている「家の中の日本の古い伝統」に置き換えられる。
つまり「敬老の精神」「家父長制度」「日本が全体主義に走っていた戦前のファシズム集団主義)を受け継いでいる人々が若者に家の中でさえも一斉に押しつけてくる不快な文化」などがそれなのかもしれない。
その不快な文化を「守れ」と若者に言うのは、少子高齢化の進む21世紀では、あまりにもむごい。むご過ぎるのだ。


さらに、「母が重くてたまらない」とは、「高齢者が重くてたまらない」「国家が重くてたまらない」「形骸化した制度や伝統や慣習や慣例が重くてたまらない」と置き換えても、意味が通じてしまうのだ。「母」を「父」「国家」と置き換えても、「娘」を「息子」「国民」と置き換えても意味が通じてしまうのだ。


自虐でも他罰でもない、お互いの違いを認め合って、多様性を容認する日本型個人主義がまだまだ根付いていないから、こういった「置き換え」ができてしまうのだろう。


日本型の個人主義が根付かなければ、日本型の資本主義も、なかなか根付かないのではないかと思ったりする。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20141016#1413456008
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20130428#1367155251