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コラム:米FRBの市場対話に異変あり=嶋津洋樹氏 | Reuters

それにしても、イエレン議長といえば、バーナンキ前議長と二人三脚でコミュニケーション戦略や透明性の強化に取り組んできた人物だ。上述した「忍耐強く」の定義に関して、あるいは緩和的な金融政策が「長期間」続くと言った際の具体的な期間などの質問に対し、丁寧に回答してきたのは、景気見通しに自信があったということもあるだろうが、それが金融政策の効果を左右するとも考えていたからだろう。


実際、イエレン議長は、副議長だった2013年4月4日の講演で、翌日物金利をわずか25ベーシスポイント(bp)上下させるだけで経済に大きな影響を及ぼすことができることについて、政策金利の変更が人々の将来に対する予想を変えるからだと説明。金融政策は政策金利の上下よりも、人々がそこからFRBの意図を読み取ることを通じて、経済に影響を与えていると論じている。


金融政策の波及経路に対するこうした見方は、非伝統的な措置にも当てはまるだろう。それどころか、資産購入(いわゆるQE)の効果の大きさは、人々が予想する中央銀行の最終的な購入規模と、それを保有し続ける期間に左右されると解説している。フォワドガイダンスはそうした人々の予想に最も直接的に働きかける政策の一つと言えるだろう。それゆえに、イエレン議長が今回、市場参加者の予想に積極的に働きかけるのではなく、自ら予想を形成すべきだと説いたことについて、筆者は違和感を覚えている。


もちろん、このことがイエレン議長のコミュニケーションや透明性を重視する方針の転換を意味するわけではないだろう。しかし、さすがに透明性が常に良い結果をもたらすとは言えなくなりつつあるのだろう。同じことは、他の中央銀行にも当てはまるかもしれない。


たとえば、宮尾日銀審議委員は今年3月4日の講演で「将来の政策アプローチを明確に示すことは透明性を高め、政策の予見可能性を高めることになる」とする一方、「その際に提供される情報が具体的過ぎると(たとえば、参照する特定の経済指標やその数値の公表、具体的な期間の言及など)、意図に反してその部分だけが独り歩きをして市場の変動が大きくなり、政策対応の柔軟性や信認がかえって損なわれるリスクがある」と指摘している。


黒田日銀総裁も昨年5月28日の講演で、「フォワドガイダンスの有効性は、コミットメントの強さと柔軟性に依存するが、このバランスをどう取るかが、フォワドガイダンスを議論する上で重要なポイントだと思う」と述べている。


こうした透明性と柔軟性のバランス問題は、世界経済がリーマンショック直後の落ち込みから回復し続けてきたことで今後、一段と表面化する可能性が高い。というのも、リーマンショック直後のように経済の弛みが明らかな場合、過剰な金融緩和がもたらすインフレの上振れリスクは、不十分な金融緩和がもたらすデフレのリスクよりも小さいと考えられるからだ。


金融緩和が行き過ぎるリスクが小さいのであれば、緩和を続ける期間を具体的な日付や失業率などの経済指標で示すことは、「長期間」などの曖昧な言葉を使うよりも効果的に中央銀行のスタンスを表現できるだろう。


しかし、「100年に一度」などと言われた危機が収束し、経済の弛みが縮小してくると、「とりあえず景気を回復させれば良い」という段階から、長期的な課題への目配せなども必要な段階へと政策の優先順位が変わってくる。具体的には、過剰な金融緩和がインフレなどの新たなリスクをもたらす可能性も警戒せざるを得ないだろう。


景気回復が続き、金融政策の正常化を視野に入れられるほどの環境が整ったことは喜ばしいが、危機モードが長かった分、それが混乱をもたらすリスクは否定できない。イエレン議長がいくら「市場参加者もわれわれと同じように予想を形成すべき」と主張しても簡単ではない。リーマンショック後、コミュニケーションの強化が金融緩和策と一体化し、半ばコミットメント化していたことも踏まえると、なおさらだ。


黒田総裁は前述した講演で、「学界では、中央銀行の政策の焦点は、大恐慌期(Great Depression)、大インフレ期(Great Inflation)、大いなる安定期(Great Moderation)を経て、変遷してきたと言われている」と述べている。そして実際、市場などとのコミュニケーションも、リーマンショック後の大不況(Great Recession)のなかで、非伝統的な措置とともに強化され進化してきたと言えるだろう。


しかし、その大不況も5年以上が経過。イエレン議長の言葉は、新たな時代の金融政策が透明性ではなく、曖昧さを持つ可能性を示す。筆者には、それが「大変動期(Great Fluctuation)」到来を告げる号砲に聞こえる。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20150323#1427107063
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20150319#1426762240