https://d1021.hatenadiary.com
http://d1021.hatenablog.com

コラム:金融抑圧が招く「バブル」への道=河野龍太郎氏 | Reuters

日経平均株価が上昇し、例えば2万円などの節目に達すると、筆者に弱気コメントを求めるメディアからの連絡が増える。バランスを取るために必要なのだろうか。筆者がアベノミクスの帰結に対して悲観的であることを多くの人が認識しているのだ。


極端な金融緩和や追加財政など第1の矢、第2の矢で景気を持ち上げることが一時的にできても、第3の矢である成長戦略の効果は劇的に現れるものではない。


それゆえ、アベノミクスの最終的な帰結は、1)インフレが上昇するだけで、ゼロ近傍まで低下した潜在成長率はほとんど改善しないままに終わり、2)膨張する公的債務に歯止めをかけることもできないため、財政への配慮から、インフレ上昇後も、日銀はゼロ金利政策や大量の長期国債購入政策を停止することができなくなる。確かに、こうした悲観シナリオをアベノミクスの開始直後から筆者は掲げている。

しかし、同時に、筆者は、アベノミクスのスタート時点から、日本株については相当に強気できた。多くの人は誤解しているが、株価が上昇するのは、必ずしも潜在成長率の上昇を反映するケースだけではない。反対に、中長期的に見て問題含みの政策が採用される場合も、株価は大幅に上昇し得る。もちろん、最終的にはファンダメンタルズへ回帰することになり、大幅な調整は不可避であろうが、長い期間にわたって上昇が続く可能性もある。


では、中長期の日本経済に悲観的な筆者が、なぜ日本株に強気なのか。結論を一言で言えば、金融抑圧が継続されるからである。

これまでも論じている通り、政府が掲げる2020年度までの基礎的財政収支プライマリーバランス、以下PB)黒字化目標の達成は、かなり絶望的である。経済財政諮問会議自民党財政再建特命委員会、財務省財政制度等審議会がそれぞれ様々な検討をしてはいる。しかし、内閣府の最新の推計(今年2月)では、アベノミクスが成功し、2%成長、2%インフレが達成される経済再生ケースでも(名目成長率は3%)、2020年度のPBは対国内総生産(GDP)比で1.6%の赤字にとどまる。


公的純債務がGDPの1.6倍に達しているから、政府の資本コストと名目成長率の間に1%程度のかい離があることを前提にすると、公的債務の対GDP比を安定的に低下させるには、GDP比で1.6%程度のPB黒字が必要である。この3.2ポイントの改善には、消費税で換算して6ポイントの税率引き上げが必要となる。内閣府の試算は、2017年4月の10%への消費増税を前提にしているため、16%程度まで税率を引き上げなければならないということである。


継続的な2%成長というのは、潜在成長率が0.3%まで低下している日本には非現実な目標と言うほかない。1人当たり成長率は2.6%程度ということになり、過去30年間でそうした高成長が観測されたのは、1990年代初頭のバブル期だけである。


内閣府は、名目1%成長という、より現実的なベースライン・ケースも用意しているが、その場合、2020年度のPBは対GDP比で3.0%の赤字となる。公的債務の対GDP比を安定的に低下させるには、PBの4.6ポイントの改善、消費税率に換算して9ポイントの引き上げが必要となる。つまり、現実的な成長見通しを前提にすると、19%の消費税率を甘受しなければならない、ということである。

しかし、安倍首相は、2017年4月に10%に引き上げた後の消費増税は検討しないと明言している。もちろん、財政健全化を行う場合、増税だけで対応する必要はない。むしろ、潜在成長率を大きく左右する資本蓄積の観点から見れば、財政健全化は増税だけでなく、歳出削減での対応も望まれる。


あまり知られていないが、日本では、民間純貯蓄が政府赤字によってほとんど食い潰され、2008年度以降、国民純貯蓄はゼロ近くまで低下している。成長の継続には民間投資(資本蓄積)が不可欠だが、その投資を賄う国民純貯蓄がすでに枯渇しているのである。言うまでもなく、政府赤字の原因は社会保障費の増大にある。このため、社会保障費を削減することで、政府赤字を減らさなければならない。


もちろん、政府赤字の削減は増税でも可能だが、その場合、増大する社会保障費は増税によって賄われる。つまり、増税をしても民間純貯蓄が社会保障費に食われ、資本蓄積を賄うための国民純貯蓄が費消される状況に変りはない。正確に言うと、増税に伴い民間から政府への所得移転が生じ、政府赤字が減った分だけ民間純貯蓄も減少するため、国民純貯蓄の改善にはつながらないのである。


筆者が、アベノミクスの帰結に悲観的な理由の1つは、仮に成長戦略が劇的に成功し、潜在成長率の改善につながる収益性の高い投資プロジェクトが国内で頻出するようになっても、それを賄う貯蓄が国内では底を付いているからである。もちろん、日本は閉鎖経済ではないから、資本輸入で賄えば良いのだが、海外から資本を惹きつけるには、金利が十分上昇する必要がある。しかし、金利が上昇した際、GDPの1.6倍に達する公的純債務は持続可能であろうか。

このように資本蓄積への悪影響を抑えるという観点からは、財政健全化の際、増税だけでなく、歳出削減で対応することも必要である。しかし、大幅な歳出削減を行うとすれば、当然にして社会保障費の削減が不可欠になるが、公的年金の支給開始年齢引き上げや医療保険のカバー率の引き下げなど、社会保障費削減の際、最低限必要と思われる政策は全く検討されていない。


増税も行わず、歳出削減も行わず、安倍首相はどうやって財政健全を達成しようとするのだろうか。昨年末から安倍首相が口にするようになったのは、PB黒字の達成だけにこだわるのではなく、むしろ公的債務のGDP比などの改善に注力すべきというものである。どうやら安倍首相は、「禁断の方策」に解を見いだした可能性がある。


前述した通り、通常の状況では、政府の資本コストは名目成長率よりも高い。その場合、一定のPB黒字が達成された後に、公的債務の対GDP比が安定的に低下していく。正確に言えば、政府の資本コストと名目成長率の差に、公的債務のGDP比を掛け合わせた数字よりも大きなPB黒字の対GDP比が確保されることで、公的債務のGDP比は安定的に低下していく。


しかし、もし政府の資本コストを名目成長率以下に安定的に抑えることができれば、どうだろう。相当に低く抑えることができれば、PBが赤字のままでも、公的債務の対GDP比を安定的に低下させることができる。


本来は、インフレ率あるいは実質成長率のいずれが上昇しても、長期金利が上昇し、政府の資本コストも上昇していく。しかし、日銀がゼロ金利政策と大量の長期国債の購入政策を継続し、長期金利の上昇を押さえ込めばどうか。名目成長率の上昇に応じて税収は増加するが、一方で政府の利払い費は抑制されたままであるため、PBが黒字化しなくても、理屈上、公的債務の対GDP比は低下し得る。


つまり、増税もせず、歳出削減もせず、それでも公的債務のGDP比の引き下げを可能とする方法が金融抑圧なのである。犠牲になるのは預金者だ。


だが、このような政策を継続することはできるのか、多くの人は持続可能性を疑うだろう。名目成長率が高まり、金利上昇圧力が高まっても、発行された長期国債のほとんどを日銀が購入する現状の金融政策を継続すれば何が生じるか。理論上、長期金利の安定とインフレ率の安定の二律背反問題に直面する。インフレ率が上昇しても、長期金利を低位で安定させると(正確には釘付けということになると思うが)、実質金利のマイナス幅が拡大し、円安が進展、それがさらなるインフレ上昇をもたらす。


もちろん、円安がもたらすインフレ加速を避けるため、長期金利上昇を容認することも、選択肢としてはあり得るが、その場合、利払い費の膨張による公的債務の発散問題に直面する。長期金利の安定とインフレ率の安定の二律背反問題は、換言すれば「財政危機回避」と「物価安定の追求」の二律背反問題であり、最終的には、財政危機を回避するため、物価安定が放棄されることになる。つまり、金融政策は財政従属に陥り、政策の目的は物価安定ではなく、財政危機回避となる。


インフレの上昇も当初はモデレートなもので、名目成長率の改善で税収が増え、一方でゼロ金利政策の継続によって利払い費が抑えられるため、公的債務の対GDP比が改善することを多くの人は手放しで歓迎するだろう。増税なし、歳出削減なしで公的債務の対GDP比が低下することを、アベノミクスの成功の証と褒めたたえる人も増えるだろう。ただ、結局のところ、この政策の本質は、インフレタックスである。インフレが加速した後に、それが単に預金者から政府へのインフレを通じた所得移転であり、資源配分を歪めるコストの大きい政策であることに多くの人が気付く。

常々論じている通り、公的債務の対GDP比の安定的な低下には、理論的にも歴史的にも2つの方法しか存在しない。2つの方法とは、財政調整(増税、歳出削減)とインフレタックスである。財政調整が選択されなければ、意図するかしないかにかかわらず、残る選択肢はインフレタックスとなる。


資源配分の歪みを考えると、財政調整の総コストの方が小さいのだが、多くの場合、当初は意図せずしてインフレタックスが選択され、潜在成長率への悪影響など、その深刻さに気が付いた後に、財政調整が選択される。戦後の英国は、20年近い高率のインフレに苦しんだ末に、マーガレット・サッチャーを首相に戴き、財政調整に着手した。


実質成長率が上昇すれば問題は解決できると安易に考える人がいるかもしれない。まさにそう考える人が少なくないから、財政調整ではなく、結果的にインフレタックスが選択されるのだが、一時的に高い成長が可能だとしても、潜在成長率は劇的には改善しないため、それは解決策にはなり得ない。


そもそも、2%の潜在成長率を前提とする内閣府の経済再生ケースにおいても、PBは赤字のままで公的債務の対GDP比は膨張が続いていた。2%の潜在成長率そのものも非現実的だが、そこからさらに高い成長を求めようというのか。それは、1990年前後のバブル期よりも高い1人当たり潜在成長率を目指すということである。もし可能と言うのなら、ブードゥー・エコノミクスの類に他ならない。


問題は、今後、ブードゥー・エコノミクスの信者が増えてくる可能性が高いことである。名目成長率を下回る水準に長期金利を抑制すると、潜在成長率が劇的に改善しなくても、株価や不動産価格が上昇を続け、ユーフォリアが広がる。つまり、バブルが膨らむ。長期金利が名目成長率よりも低い状況が続くということは、それは平均的な経済主体が借入れをし、投資をすると高い超過リターンが得られることを意味する。現実には、そのような収益性の高い実物投資の機会は限られるから、超過リターンはバブルによってのみ可能となる。資産価格が上昇するから、インカム・ゲインが限られていても、借入れコストを上回る超過リターンが獲得できる。


もちろん、最終的にバブルが弾けた時、周り中がバブルの残骸だらけということが明らかになるだろう。上昇する資産価格によって惹きつけられた資金は、結局、収益性の低い投資プロジェクトにつぎ込まれていたということである。しかし、バブル膨張の最中には、名目成長率も高まり、一方で財政も改善し、全てが上手く行っているように見える。


実際、政府の資本コストが継続的に名目成長率を下回っていた1988―90年には、財政状況が一時的に改善するとともに、大規模な株式バブル、不動産バブルが醸成されていた。また、2013年度、2014年度は、政府の資本コストが名目成長率を下回っているが、そのことと最近の株高は無関係とは言えないだろう。


筆者がアベノミクスの開始段階で、大幅な株高を予想したのは、まさにアグレッシブな金融緩和が金融抑圧につながり、それがバブルを醸成させると予想したからに他ならない。昨年10月末の日銀による追加緩和(QQE2)によって、本格的な金融抑圧が始まり、株高に弾みが付いた。


残念ながら、われわれはすでに、かつて話題になった映画「バブルへGO!!」の世界に足を踏み入れてしまったようである。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20150420#1429526240