米中に逆らって水爆実験しても、北朝鮮は潰されないという皮肉|田岡俊次の戦略目からウロコ|ダイヤモンド・オンライン
だが北朝鮮のように比較的小さい国が自国領内で核実験するには爆発力を抑える「威力制御」をする必要があるのは明らかで、爆発の規模で水爆か否かを推定するのは無理がある。また従来の実験では中国等に事前に通知して行っていたが、今回は無通告で行い、各国もその兆候をつかめていなかったのはなぜか、などの謎に迫ってみたい。
北朝鮮が今回実験したのが水爆であれば、実験の際の威力が韓国の国家情報院の推定による6Kt(同6000t相当)であっても、実戦で威力制御をせずに使えばメガトン級になりうる。20Kt級の原爆なら、火災が発生し、人が大火傷を負う「熱効果」の範囲は半径約3kmだが、1Mtの水爆ならその半径は約15km、20Mtなら約30kmに達し、東京を中心とすれば横浜、立川、さいたま市にいたる首都圏全域が壊滅する。こんな代物を本国領土で最大出力で実験し、自国をビキニ環礁化する馬鹿はいないだろう。
日本のメディアはいまでも「核の小型化はできていない」と言うことが多いが、米国のNORAD(北米防空司令部)の司令官ビル・ゴードニー大将(当時)は2015年3月7日の記者会見で「北朝鮮は核弾頭の小型化に成功しており、開発中の弾道ミサイルKN-08に搭載可能」と述べている。
だが水爆を持ったとしても、米本土に届く弾道ミサイルはまだない。2012年12月12日、小型の人工衛星を軌道に乗せることに成功した「テポドン2」は日本では「弾道ミサイル」と言われるが、全長30m、重量90tもの大型で、海岸に近い固定式発射台で何週間もかけて組み立て、液体燃料を注入して発射しているから、戦時や戦争になりそうな状況でその作業を始めれば丸見えで航空攻撃で容易に破壊できる。軍用のミサイルとしては使い勝手が悪く、人工衛星打ち上げ用の日本のH2Aなどに近い性格のロケットだ。
旧ソ連の潜水艦発射用の「SSN6」を基礎とした弾道ミサイル「ムスダン」は燃料を填めたまま待機できる「貯蔵可能液体燃料」式で、12輪の自走発射機に載せて山岳地帯のトンネルに隠れ、出て来て約10分で発射可能と見られる。射程は3000km以上で日本、グアムに届く。
日本にとっては非常に脅威だが、米国に対する抑止力としては不十分だから、北朝鮮は米国が「KN-08」と呼ぶ3段ロケット、推定射程9000kmのICBMを開発している模様だ。2012年4月15日の平壌でのパレードに16輪の自走発射機に載せて登場し、即時発射が可能な固体燃料ロケットの燃焼実験を行っていると米国は言う。水爆実験もその弾頭開発と思われる。
だが旧ソ連も長射程の固体燃料ロケットの開発には苦労した。燃料が完全に均質でないと射程に大きな狂いが生じるから、ソ連時代の最後の戦略ミサイル原潜「デルタIV型」も、取扱いが厄介な液体燃料のミサイルを搭載していた。北朝鮮からワシントン、ニューヨークへは1万1000kmの距離だから、それだけの射程を持ち、精度もまずまずのミサイルを造れるか否かは疑問がある。
また秒速約7kmもの高速で大気圏に再突入すると空気の圧縮で弾頭は高熱にさらされるから耐熱タイルの開発も必要だ。これほど長射程になると弾着時の誤差は数kmにもなりそうだから、精度の不足を爆発力で補うためメガトン級の水爆弾頭の搭載を考えているのかもしれない。
だが、これほど露骨に国連を軽視し、中国に逆らい、米、韓などと対立を深めても潰されないのなら、核兵器などを持たなくても北朝鮮が攻撃を受け、滅亡することもありそうにない。皮肉にも「潰れられれば迷惑千万」と各関係国が思っていることが北朝鮮にとり最大の抑止力となっている。
「軍事力を強化すれば国家は安全になる」という軍人の我田引水的な発想が逆の結果を招いた例は史上少なくない。水爆やICBMの開発は軍事最優先の北朝鮮の「先軍政治」が行き着いた全くの愚行と言うしかない。