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最後に勝ったのは項羽ではなく劉邦リーダーが知っておくべき「弱くても勝てる戦略」|戦略は歴史から学べ|ダイヤモンド・オンライン

項羽と劉邦の戦闘の経過と結果を振り返るとき、多くの人は驚きを感じるでしょう。なぜなら、戦闘では圧倒的に項羽が強く、劉邦は名門でもなく武勇に抜きん出た人物でもなかったからです。彼はむしろ、自らの弱さを大きな武器としました。


・知恵のある部下の助言や提案に素直に従った
・秦への進軍では、強敵をひたすら避けて蛇行しながら進軍した
・褒美や名声は、活躍をした部下に気前よく分け与えた
・限界まで戦わず、必要があれば何度でも逃げた


項羽軍には、范増という老軍師がいました。しかし項羽は自軍が優勢のとき、劉邦を殺すべしという范増の助言を無視し、千載一遇の機会にライバルを逃します。秦の都を攻略する競争では、項羽が秦を目指して直進し、すべての敵を倒して進軍したのに対し、劉邦は手ごわい敵をすべて迂回、なんと劉邦のほうが先に咸陽に到着しています。


劉邦は軍師の張良の助言を素直に実行し、韓信や彭越などの戦争に勝つ武将に褒賞を与えて取り立て、時間と共に項羽を圧倒します。


項羽は名軍師の范増がいるあいだは劉邦に勝ち続けましたが、敵の離間策で范増を手離し、自分ですべてを取り仕切ることで自滅していき、紀元前202年の「垓下の戦い」で殲滅されて自刃します。

 ビジネスでも、自己を強者と認識するか、弱者と認識するかで戦い方は異なります。劉邦の姿と重なるのは、なんといっても松下電器産業(現パナソニック)を一代で築いた松下幸之助氏の生涯でしょう。


 父親が米相場で破産したため、九歳で丁稚奉公に出た幸之助は、人間関係の中で成功するには「独り勝ち」を避けるべきことを学びます。また、病弱のため人に任せる経営ができる組織体制を重視し、細かく部門化して責任者に指揮をさせました。


「マネシタ電器」と呼ばれたのは、代理店販売網による売る力で、他社が開発した新製品に一工夫をした商品を開発、後追いでも販売力で競り勝ってしまう松下独自の販売戦略からつけられた呼び名でした。


・自己を「強者」と考えて振る舞う(問題に真正面からぶつかり、他者を支配する)
・自己を「弱者」と考えて振る舞う(問題を迂回し、他者から協力と貢献を引き出す)


 昭和初期の世界大恐慌で、幸之助は危機に社員をリストラせず、工場を半日操業にして生産調整し、工員を営業に回して一人もクビにせずに不況を乗り切ります。このような「人心を掌握した経営」が松下電器社員を団結させ、猛烈な努力を引き出したのです。


 他社の優れたアイデアをすぐ取り入れたのは、無駄な自己のプライドを持たず、自らを弱者と考えて人を徹底活用する姿勢の賜物です。弱者の自己認識を武器とするマネジメントの威力で松下電器は勝ち、世界的な電機メーカーとなったのです。