「学習する組織」はこうして生まれるアメリカがベトナム戦争後に進化させたこと|戦略は歴史から学べ|ダイヤモンド・オンライン
ベトナム戦争の苦戦から、アメリカは「戦闘での優位」が必ずしも全体の勝利に結びつかないことを学ぶ。そこで「ベトナム戦争で見えた問題点」を解明すべく、トップダウンではない「中間層」による新たな戦略創造が進められた。
新たな飛躍を生んだのは、実戦経験を積んだミドル層の横断的な戦略模索だった。
アメリカは長く苦しんだベトナム戦争で傷つき“ベトナム・パラダイム”と呼ばれる思想が広がります。それは軍事介入について極めて慎重で消極的な思想でした。
「アメリカ国が軍事行動で成功をおさめることができそうな場合でも払う犠牲は極めて大きいだろうから、自分たちは、かかわりたくない。それに今は軍事力よりも経済力のほうが重要な時代であるから、軍備や戦争に金を注ぎ込むのは、自滅への道を歩むことになるのではないか」(リチャード・P・ハリオン『現代の航空戦 湾岸戦争』より)
一方で「ベトナム戦争で見えた問題点」を解明して、改革を目指す勢力も出現します。以下は、ある将校の言葉です。
「陸軍の改革を手がけねばならない。ヴェトナム戦争は一つのよい結果をもたらした。それは、軍のいろんなやり方に疑問を抱かせてくれたことだ」(前出書より)
『現代の航空戦 湾岸戦争』は、ベトナム戦争の教訓を主に3つ指摘します。
(1)みずから不利な均衡(消耗)を生み出す戦い方をした
小出しに航空戦力を使用して被害が増加したこと。北ベトナムが全面勝利を目指して戦っていた頃、米軍は戦線拡大を防ぐため配慮した航空作戦を実行したことを指す。
(2)戦場からはるか遠く離れた場所の役人が日々の作戦や戦術を指導した
毎週火曜日のホワイト・ハウスの昼食会で攻撃目標や交戦要領が決められ、その決定もくだらない理由で目まぐるしく変更された。最前線の戦果は当然低かった。
(3)核戦争に合わせていた航空機の被撃墜の多さ
朝鮮戦争では一機の米軍機で10機を撃墜したのが、ベトナム戦争では米軍一機で敵一機と大幅に悪化。核戦争を想定した飛行機は空戦が苦手で訓練も不足していたのです。
米軍は感情的な敗北論に流されず、有効だと証明された2点にも着目し発展させます。
(1)レーザー誘導爆弾の精密攻撃
ベトナム戦争後期は誘導型の投下爆弾が使用されます。2万1000発のレーザー誘導爆弾のうち80%が命中(陸上戦闘部隊を航空支援する際にも、有効性が強く発揮された)。
(2)トップ・ガン課程を1972年に開校
ベトナム戦争での教訓から、海軍は優秀な戦闘機乗りを育成するトップ・ガン課程を開講します。空軍も実戦に近い模擬戦を行う課程を創設して研究を始めました。アメリカの戦闘機はその後の世界の紛争で優位性を実証し、次第に自信を深めていきます。
『現代の航空戦』に“戦闘機マフィア”なる言葉が出てきますが、ベトナム戦争を経験した空軍関係者を指します。彼らは横のつながりを最大限活用して意見を形成します。
「70年代になされた改善は主として軍のなかから湧きあがる発意に基づいたもので、『中間管理職』レベルのイニシアティブを、ヴェトナム帰りが『二度とあんな事は繰り返すまいぞ』と強力に後押しし、ヴェトナム時代の手続き、組織、ドクトリン、装備等の不備を改善する努力をしたのである」(前出書より)
ベトナム戦争後、米軍内では公式・非公式を問わず、また縦割りではなく実戦を経験した者の横のつながりで、新たな戦略発案をするグループが複数形成されています。新たな戦略と戦術を追求して、巨大組織の中から殻を破る核を彼らが形成したのです。
過去数年のあいだ、日本企業は「ビジネスで負けていても、技術では勝っている」と言われてきました。しかし競争の争点は当然ビジネス全体であり、ベトナム戦争で負けた米軍のように、自己欺瞞から脱出して目の前の現実に気づく必要があるはずです。米軍は、ベトナム戦争以降「戦争の勝敗を左右する」要素に賢明にも立ち戻ります。
試合には負けても、勝負には負けていませんよ。
イケマキ凄い!
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160427#1461754005
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160425#1461580644