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長銀から社会人教育の世界へ転機は破綻の責任への「自覚」【長銀OBのいま(10)】|長銀OBのいま|ダイヤモンド・オンライン

「経営に関する『ヒト』・『カネ』・『チエ』の生態系を創り、社会の創造と変革を行うというグロービスのビジョンは、私が長銀に入行したときのメンタリティと同じなんです。つまり、銀行の仕事は「お金」というリソースの側面から、グロービスは「人の能力」という側面から、ともに社会に対してサポートするインフラをつくりたいという志は同根だなとピンときて、とても響くものがありました」

 鎌田さんの父親も都市銀行に勤めていた。青年期の“息子”にありがちな“親父”への反発から、当初は「銀行員だけにはなるまい」と考えていたが、就職活動をしていく中でいつの間にか銀行に関心が向いていった。「特定の産業にとらわれず、広く世の中や国への貢献を意識した仕事をしたい」と思うようになったからである。そのなかで長銀を選択した理由は中立性、つまりは財閥系ではない点にあった。それは後ろ盾がないという弱みでもあるのだが、義理やしがらみの世界が少ない分、物事を自由かつ俯瞰的に考えやすいというポジティブな側面に惹かれてのことだった。


 84年、北海道大学出身の鎌田さんが最初に配属されたのは故郷の札幌支店。地元の中堅・中小企業への営業担当として銀行員のスタートを切った。ここで3年を過ごした後、東京へ転勤となり、システム企画部で融資オンラインシステムの抜本的切り替えの開発業務に3年間従事。この時期に鎌田さんは若手社員を集めて勉強会を立ち上げた。会の名前は隗より始めよで「隗始会」。先輩社員も巻き込んで勉強会や飲み会を開催し、30歳前の若手ながらも職場を盛り上げていった。これが評価されたかどうかは定かでないが、次の異動先は人事部だった。ちょうどバブル景気の時代に採用・教育業務を3年間担当した。


 だが、前向きな業務ができたのはここまでで、バブル景気崩壊後の93年に命じられた異動先は本店営業9部。流通業界や物流業界を担当するセクションで、与えられた役割はバブル崩壊のダメージに苦しんでいた百貨店グループの専任担当である。

 90年代の金融業界で始まった新しい流れに証券化がある。長銀信託銀行はこの潮流に乗って設立された長銀の子会社で、顧客の貸付債権やリース料債権を信託受益権方式で投資商品としてパッケージし、地銀や生保、農協といった機関投資家に販売する業務を行っていた。


 鎌田さんは長銀信託銀行に営業次長として出向し、後に営業部長に昇進し組織全般のマネジメントを行うようになった。だが、仕事の内容は長銀の信用悪化を背景に厳しいものが多かった。その最たるものが、次々に部下から出される辞表を受け取ることだった。20人いた鎌田さんの部下は次々と退職し、最後は7人にまで減った。

 そんな不安がぐるぐると頭をよぎった。そして次の瞬間、「こうなったのは誰のせいなんだ」との想いがふつふつと湧いてきた。辿りついたのは不良債権を膨らませ破綻の遠因となった、EIEインターナショナルへの追加融資を決定した経営陣であった。この上層部批判は、破綻する相当前から新橋の居酒屋などで、口角泡を飛ばして言ってきたことそのものでもあった。


 しかし、である。倒産の犯人捜しをしたところで長銀が潰れた事実は変わりようがない。その厳しい現実に気がついた時、ようやく自分自身に矛先が向いた。そもそも、間違った意思決定を止めるために自分は何かしたのか。残念ながら、自分は何もしていなかった。青年将校を気取って激論をしたつもりになっていたが、それは単なる野党の遠吠えに過ぎなかった。もちろん仮に身体を張って止めにかかったとしても、自分の立場では何も変わらなかったかもしれない。だが口先の批判だけで、何ら行動をとらなかったのは自らの不作為であり、その罪からは免れない。自分も同罪だ。


 だいたい、誰かのせいにしている他責根性が情けない。金融機関の経営は箸の上げ下げまでを当局に指図されるが最後は監督官庁がなんとかしてくれる「護送船団方式」で、それが批判を浴びていたが結局、自分自身にも最後は誰かが何とかしてくれるという甘えがあったのではないか――。


 鎌田さんは苦渋に満ちた内省をした。

 98年、不良債権の深刻さが明らかになるにつれ、長銀はマスメディアから猛烈に批判された。確かに長銀に非があるのは間違いないが、一人ひとりの現場の行員は誠実に業務へ向き合っていたので、一社員としてはそこまで悪者として世間から指弾されなければいけないのか、という割り切れない気持ちや、銀行に対する失望感を鎌田さんは抱いていた。


 そして、98年10月23日長銀は破綻し一時国有化された。鎌田さんは転職せずに、しばらく長銀信託銀行に残ることに決めた。いろいろな誘いはあったが、破綻に伴う新たな責任が発生していたからである。前述したように、長銀信託銀行では長銀の貸出債権や関連ノンバンクのリース料債権を証券化して販売していたので、長銀の破綻によって投資家の権利を保全するために、専門的な言葉でいうと早急に債権譲渡の第三者対抗要件を具備する必要があった。具体的には法律の定めに従い、債権譲渡の連絡を債務者に内容証明郵便で行う必要があったのである。

 鎌田さんは以前から、転職するなら「非金融」と「ビッグトゥスモール」という二点だけは決めていた。ビッグトゥスモールとは、経営破綻時の内省から大きな組織の一員として歯車的に働くのではなく、鶏口牛後で主体的に自分の力を発揮できる場所で仕事をしたいという意味である。これらの点でもグロービスは転職先としてぴったりはまった。


 99年、一時国有化された長銀の譲渡先が決まったのを見届けて、鎌田さんは長銀を去りグロービスに転職した。

 ヘッドハンターの先輩が鎌田さんをグロービスに紹介したのは、営業と人事の経験を併せ持っていたからであった。グロービス側から見ると、両方の能力を持った人材を求めていたのである。


 金融という異業種からグロービスに入社した鎌田さんの最初の仕事は、法人部門の新規開拓営業だった。まだ知名度の低い時代でもあったので、飛び込み営業で「グロービスとは」「グロービスの提供するサービスとは」というところから説明し、受注を獲得していった。

現在はチーフ・リーダーシップ・オフィサー(CLO)兼コーポレートエデュケーション部門マネージングディレクターという立場である。


 CLOとはあまり聞き慣れない肩書だが、組織のあらゆる階層でリーダーシップを発揮する人材を増やすこと、ひいては社会全体にリーダーシップの連鎖をつくっていくことをミッションとするという。業務と並行してリーダーシップの講師を担当しているのは、このミッションを果たすためでもある。

「組織のリーダーでも営業でも講師でも、必要な技術はコミュニケーションです。人間理解を深め、他者の話を正しく聞き、正しく理解し、そして自分の考えを正しく伝えるという能力。そして仲間たちと語り合い、方向性を示して巻きこみ、コーチングしたりフィードバックしたりする。そうしたコミュニケーションをとるのが得意な方であったことが役立ったと思います」


 ただ、スキルや能力があっただけではなく、長銀が潰れるときの内省から得た気づきがグロービスでの活躍につながっているようだ。それはどんな組織に属そうが基本は「自分の足で立つ」という自覚である。そのためには言い逃れや他責にすることなく強い当事者意識をもって行動し、甘い自己満足を捨てて意味ある価値を生み出せるよう自らを高め、あらゆるものから学び続ける意思を持たねばならない、という。


「講師の仕事などを通じ、優秀な40代、50代の方たちとの接点がたくさんあります。いわば分別のついたリーダーたちです。でも、この“分別盛り”が一番危なんじゃないかと私は言っています。賢いので落とし所が読めたり、世間の常識がよくわかっているがために、かえってそれに縛られてしまうのです。この20年来の日本経済低迷もあって、みんな爆発していない。自分の意思に基づいたフルスイングをしていないんですよ。『本当にあなたは何をしたいのか?』と問うたとき、それをはっきり語れる人が大きな組織になるほど少なくなっていると感じます。大上段に構えた言い方かもしれないですが、これを変えていくのが私のライフワークだと思っています」


 会社にぶら下がったり旧来のパラダイムに適応しすぎると、「このままではまずい」とわかっていても、見て見ぬふりをし、何も言わず何ら行動に移さなかったりするようになる。しかし、それは後輩や後世に対する不作為である。父母、祖父母、曽祖父母と生命体の長い繋がりのなかで生きている我々は皆等しく未来に対する責任を負っているのではないか、と鎌田さんは語る。


「本当のリーダーは、自分の寿命を超えた先のことまでを考える人ではないでしょうか。次の時代、次世代に思いを馳せながら自らに恥じない生き方をしていくことが私の中のテーマであり、長銀が潰れたときに味わった『自分の足で立っていなかった』という苦い経験から学んだ教訓です」

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160524#1464087124
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