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憲法学者・樋口陽一氏 「国民が求めるのは改憲ではない」 | 日刊ゲンダイDIGITAL

――安保法が成立し、政治権力が憲法の根幹を勝手に骨抜きにしてしまった。「学者は中立的な立場で論評していればいい」という悠長な局面ではなくなったということですか。


象牙の塔」にこもって学問に専念できる時代のほうが研究者にとっては幸福です。しかし、いつでもそのような幸せな時代だとは限らない。


 戦後を振り返ってみると、改憲を目指した岸首相が1957年に内閣憲法調査会を発足させたのに対して、私どもの恩師世代が「憲法問題研究会」に結集し、世論に問題のありかを訴えました。大内兵衛さん(経済学者)が代表で、憲法学者では私の直接の恩師の清宮四郎さんと宮沢俊義さん、それから民法の大御所の我妻栄さん、そして湯川秀樹さんほかが発起人でした。戦時中の困難な状況に耐え、ようやく学問ができる。論壇に復帰できた。学者にはそんな思い、時代背景がありました。発起人の記者会見は各新聞が1面トップ記事で大きく報道した。それほどの出来事だったのですね。


 我妻、宮沢のおふたりは政府の憲法調査会からの招請を断って、民間の憲法問題研究会を立ち上げた。当時の政府の要人が「政府からの要請を断っておきながら、札付きの左翼と研究会を発足させるとはけしからん」というような談話を出したのに対して、宮沢さんが、この問題については札付きの左翼とも一緒にやる必要があるというだけだ、と答えたのをおぼえています。

 首相は国会答弁で「憲法改正問題については国民レベルで大いに議論して下さい」と言う。しかし、いま国民の大多数は「憲法を変えて欲しい」などと政府に要求していないのです。世論調査でも分かるように、国民が求めているのは「原発停止」「TPPの影響や問題点の提示」「格差是正」「社会保障の将来への不安の解消」など、生活に直結する身近で具体的な課題です。

――だから、安倍政権は改憲問題を参院選で前面には持ち出さない。争点を明確にしないまま、選挙に臨み、3分の2の議席を得れば改憲について“信を得た”とばかりに突き進む。そんな懸念を感じます。

 現政権を「保守」と呼ぶ人が多いが、本来の意味での「保守」には3つの要素が不可欠です。第1は、人類社会の知の歴史遺産を前にした謙虚さです。第2は、国の内・外を問わず他者との関係で自らを律する品性。第3は、時間の経過と経験による成熟という価値を知るものの落ち着きです。私たちをいま取り巻いているのは、そのような「保守」とはあまりにも対照的な情景です。

 2012年12月の第2次安倍政権の発足時、日本のメディアが「保守化」と捉えた鈍感さとは対照的に、例えば、英エコノミスト誌は、「歴史修正主義に執着」する「ラディカル・ナショナリスト(急進民族主義者)の政権」と論評していました。当時から欧州では、そうした勢力が台頭し始めていて、懸命にそれを抑え込もうと苦慮していただけに、アジアで唯一、「価値観を共有」する仲間として安心して見ていた日本で、そのような勢力そのものが政権に座ったのか、という驚きだったのです。翌年初めの首相訪米の時のびっくりするほどだった冷遇は、その表れだったのでしょう。一転して去年の首相訪米の時の厚遇ぶりは、安保法制との物々交換で、「価値観の共有」より、それを優先させたということでしょう。

――安倍政権の言う「戦後レジームからの脱却」を、世界の秩序を揺るがしかねない構想だとして海外メディアは危惧していたのですね。


 欧米の教養のある人々は「戦後レジームからの脱却」というスローガンを聞くと、ナチスカール・シュミットを思い出します。シュミットには「ベルサイユ・ワイマール・ジュネーブ」という論稿があります。それぞれ、第1次世界大戦にドイツが敗北して「押し付けられた」条約と憲法と、そして国際連盟を指す地名で、それらを拒否する宣言の意味を込めたものでした。


――ナチスといえば、民主主義的な手段でワイマール憲法をほごにしてしまった。安倍政権も「民主主義にのっとって」と装いながら、結果的に立憲主義を破壊し、民主主義を制限する憲法に作り変えてしまおうとしている。非常に巧妙で危険な手口に見えます。


 有権者は3年半の間に3回の国政選挙で現政権に多数議席を与え続けてきました。その意味で言えば、「民主」というカードの枚数の多さの上に政府与党が座り続けてきた。4度目の機会にそのカードを何枚、奪い返せるか、それが選挙の争点です。


 結党以来の自民党政権は、実は派閥という名の中小政党の連立政権で、政権内部の抑止要因が働いていました。3分の1の議席を確保できていた野党や労働運動、それにメディアの姿勢も権力に対する抑止要素となっていました。


 ところが、これしかないという「決める政治」を掲げて安全ベルトを外した政治は、この国をどこに連れてゆくのか。長らく自民党に投票してきた有権者たちが支持してきた自民党と、現在の政権与党は同じ政党なのか。ここが最も肝心な点です。

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