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アートとテロはコインの裏表?:バブルにまみれる現代アート|日本人が知らない本当の世界経済の授業|ダイヤモンド・オンライン

絵玲奈は1人でチェルシーに向かった。チェルシーには300軒ものギャラリーが軒を連ねている。ギャラリーは無料でだれでも自由に入れる。絵玲奈は、適当にいくつかのギャラリーをのぞいてみた。


正直なところ、アートの内容に関してはさっぱりわからなかったけれど、美術館に入っている作品とはレベルが違うことは、素人の絵玲奈でも感じられた。逆に言えば、やはり美術館に入ってる作品は、自分にはなんだかよくわからない抽象画であっても、やっぱり超一級品なんだと絵玲奈は思った。

「ニューヨークのチェルシーというところにある、ガゴシアン・ギャラリーにも行ってみてくださいね」


「はい。ところで、ギャラリーってどういうものなんですか?」


「新人の才能のある作家を発掘して育てて、プロデュースするのがギャラリーです。プライマリーとも呼ばれます。


 アート作品というものは、そもそも矛盾した存在です。それは、アート作品が精神的なものであると同時に経済的な商品でもあるからです。作家がアート作品を売らなければ純粋に精神的な物のままです。ギャラリーはアート作品に最初の経済的な価値付け、つまり値付けをして商品にして世に送り出します。そして、商品価値が上がるようにさまざまなキャンペーンをして、作家をプロデュースしていくわけです。


 つまり、アート作品を精神的なものだけでなく、経済的な価値を持つ商品にする生みの親みたいな存在です」


「そのなかでガゴシアン・ギャラリーはどういう存在なんですか?」


「ガゴシアン・ギャラリーは現代アートにおいて最大規模を誇るギャラリーで、アートの世界でかつてないような帝国を築いています。


 さきほど、現代アートアメリカの覇権とつながっていることをお話ししましたよね。1989年に冷戦構造が崩壊して、アメリカの覇権が文字どおり確立しました。その結果、世界は1つになり、グローバリゼーションが本格化しました。グローバリゼーションにおいて、アメリカのルールが世界のスタンダードである、グローバル・スタンダードが確立していきます。アートの世界もグローバル化して、アメリカ型の市場メカニズムが世界を席巻していき、ニューヨークがパリに取って代わるのです。この流れに乗って現代アートの世界で大成功した1人が、ガゴシアン・ギャラリーのオーナーのラリー・ガゴシアンです」

「一言で言えば、アートが好きというより、アートがおカネになることがよくわかっている人ということでしょう。アメリカ型の市場メカニズムがアートの世界を席捲した結果、ガゴシアンだけではなく金融業やPR会社、不動産業の出身といったビジネスをよく理解した人が、アート業界に参入するようになっていったわけです」

「でも、もしそうだとしても、市場メカニズムがちゃんと働くなら、アートが本来持つ精神的価値を、商品としての価値がどこまでも超えていくことはなく、本当は限界があるはずなのです。100万円の精神的価値しかないものが1億円の商品だと言っても、だれも買わないはずだからです」


「でも、アートの精神的価値っていっても、それをおカネに直して評価するのは難しくないですか?」


「そのとおりです。市場で実際に買う人がいれば、その値段を正当な価値としていくしかありません。でも、買っている人が本当に価値があると考えて買っている人ならいいですが、そんなことはどうでもよくて将来も値上がりすることを期待して投機的に買っているだけかもしれません」

現代アート全体の価値を上げるために、トップを走るアーティストの評価を上げていくことは業界全体の共通の利益です。現代アートのスターで世界的な億万長者でもあるジェフ・クーンズは一種のバロメーターで、彼の評価が危ぶまれたとき、ニューヨークのギャラリー街であるチェルシー地区がパニックになったそうです」

「また、アートの市場は現物しかありませんから“カラ売り”ができません。これが市場メカニズムがうまく機能しない1つの大きな問題でしょうね」

「さて、さきほどアートが産業化したと言いましたが、アートの制作方法も産業化しました。ガゴシアンのようなギャラリーに所属する現代アートのスター・アーティストたちは、もはや自分の手ですべてを作るような芸術家ではありません。さきほども言ったように100名以上のスタッフを抱え工房で作品を制作しています。それは、まるでルネサンス期に工房で作品を大量に作ったのと同じです」


「え〜、そうなんですね。絵って画家の人が1人で全部描くもんだと思っていました」


「今や欧米の現代アート作家は映画の総監督みたいな感じなのです。コンセプトを出し、制作の割り振りを決めてという具合で、巨大なスタジオで流れ作業で制作が行なわれるのです。作家は最終の色校正をして、サインをするという具合です。


 今、六本木ヒルズ森美術館でやっている村上隆の五百羅漢図展を、ニューヨークに行く前に見に行ってみてください。そういう制作の割り振りやスケジュールの管理などが展示されていて、どうやって現代アートが工房で作られているのかがよくわかりますよ。ちなみに、村上隆さんもガゴシアンの作家です」

「そもそもは、前に言ったようにアンディ・ウォーホルが登場して、ヴァルター・ベンヤミンが『複製技術時代の芸術』という本を書いたように、シルクスクリーンのように複製印刷されたものにも価値を生むようにしていって豊かになったアメリカの大衆を市場にしていくところが大量生産の始まりなのですが、冷戦に勝ってアメリカの覇権が確立してアメリカが仕切る現代アートの市場が世界に大きく拡大したことが1つの理由です。グローバルにアメリカの現代アートの市場が拡大した結果、商品が不足してしまったのです」


「なるほど」


「いつも言う話ですが、何事にも需要サイドがあって、供給サイドがあるわけです。アメリカが生み出した現代アートが国際化することによって生まれた需要は、ある意味、供給サイドが生み出した需要です。そもそも、なぜ現代アートに膨大な需要が発生してきたのかは、ニューヨークから帰ってきてから考えることにしましょう」

クリスティーズ現代アートのオークションは2日にわたって行なわれ、1日目のイブニングセッションでは、目玉商品のオークションが行なわれる。


絵玲奈は教授に指定された時間にクリスティーズの入口に行った。正面玄関の前に、巨大な蜘蛛の彫刻が置いてあり、その前に教授は立っていた。


「教授、この蜘蛛の彫刻って六本木ヒルズにあるのと同じですよね?」


「そうですね。ルイーズ・ブルジョワさんの代表的な作品ですね。六本木ヒルズの小さいバージョンですね」

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