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日本の組織と働く人たちのような、跳べなくなるノミの実験|働く意義の見つけ方|ダイヤモンド・オンライン

 昆虫のノミは体長2ミリ程度なのだが、実は30センチも跳ぶことができるという。
 高さ20センチほどの瓶にノミを大量に入れると、ノミたちは当然のように、その瓶からはみ出すジャンプを繰り返す。だが、瓶にフタをしてしばらく置いておくと、フタの存在があることにより、ノミたちは次第にフタのところまでしかジャンプをしなくなる。そして驚くべきことに、フタを外してみても、どのノミもフタの高さまでしかジャンプをしなくなり、瓶をはみ出してジャンプするノミはいなくなってしまうのだそうだ。
 さらに恐ろしいのは、瓶の筒の部分を外してみると、ノミの集団はまるでそこに瓶があるかのように、瓶の形に沿うような高さでジャンプし続けるのだ。もうそこに瓶やフタは存在していないのに、「見えない枠」があるという思い込みによって、ノミたちは本来の力を失ってしまうのだ。


 この瓶詰めのノミの実験は、僕にとっては、日本の組織とそこで働く人たちと重なって見える。


 企業には、もともと多様な能力を持った人が集まってくる。そこで働く人は、多くの可能性を秘めている。しかし、一度フタをされてしまうと、企業の器以上のことができる人材はいなくなる。

 答えはシンプルだ。普通に飛べるノミを1匹そこに入れ、そのノミが1回ピョンとジャンプをする。するとほかのノミたちも、「ああ、自分はそういえば跳べるんだ」と我に返る。そして、何事もなかったかのように、どのノミも元どおり30センチ跳び始めるのだ。

 そう考えてみると、今の常識というものは数年後の非常識になっていて、逆に言えば、今の非常識が数年後の常識になるような時代を、僕たちは生きているのだ。
 そんな時代背景の中では、キャリアなどの大きな意思決定で迷って「これをやる」と周囲に伝えたときに、誰もが「いいね!」と応援するような選択肢は、むしろリスクが高い。


 反対に、自分は「これだ!」と強く信じられるものの、それが周りからはなかなか理解や賛同を得られていないような選択肢にこそ、未来を切り拓く可能性があると思うのだ。

http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160904#1472985351(観念要素の更改)
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160904#1472985358
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160902#1472812584
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160827#1472294476(演劇ルート)
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20160426#1461667273(能無しだから選ばれている)

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