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 NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の主人公井伊直虎は、今川方から井伊家に入った井伊次郎だったと幕末に記した史料が新たに見つかり、井伊美術館(京都市)が10日、発表した。


 ドラマ上では、井伊直盛の娘「次郎法師」が直虎を名乗っているが、同美術館は直虎・男説を補強する史料としている。昨年も、別史料から直虎は今川家重臣の息子・井伊次郎だったと発表していた。


 同美術館によると、直虎の名前が書かれた文書は「次郎直虎」と書かれた永禄11(1568)年の書状だけで今回が2例目という。


井伊直虎は、戦国時代に今の静岡県浜松市の一部を治めていたとされ、古文書の記述などから井伊家の女性「次郎法師」と見なす考えが出されています。


これに対して、京都の井伊美術館の井伊達夫館長が去年12月、直虎は「井伊次郎」という男性だとする見解を示し、今回さらに、自宅に保管していた別の古文書にこれを裏付ける記述があったと発表しました。


それによりますと、古文書は井伊家の重臣だった「河手家」に伝わる系譜で、幕末に子孫が加筆したと見られる部分の「井ノ直虎」という名前の横に「次郎也」と朱書きで記されていたほか、「井伊次郎は井伊家ではなく今川家の者である」という記述があったということです。


また、別の書き込みには、永禄11年、西暦1568年に直虎が討ち死にしたと記されていたということです。井伊館長はこれらの記述から、直虎は今川家の家臣の息子の「井伊次郎」と同一人物で、天正10年、西暦1582年に亡くなったとされる井伊家の女性の「次郎法師」とは別人であることが明確になったとしています。直虎をめぐっては、従来どおり「次郎法師」だとする研究者もいて、今後、研究が一層深まることが期待されます。


井伊家の歴史に詳しい静岡大学名誉教授の小和田哲男さんは「史料の信ぴょう性について検討の余地があると思われ、現時点では通説どおり次郎法師=直虎と考えている。今後、史料が公になることによって議論が深まることを期待する」としています。