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 雨混じりのなか、傘もささず現れた両陛下を、東京や下田の避難先で面会した多くの島民が熱烈に歓迎した。そのなかには、中学生になったあの少女の姿もあった。

「住民との交流は“一度会っておしまい”という一過性のものではなく、両陛下はいつまでも心にとどめられます。足かけ5年に及んだ少女と美智子さまの触れ合いがその象徴です」(竹内さん)

https://d1021.hatenadiary.jp/entry/2018/10/28/200110(「ものぐさ太郎から三年寝太郎へ」)

https://d1021.hatenadiary.jp/entry/2018/10/25/200157(皇族が距離を置く式典の警護対象リストに「小室圭さん」の怪)
https://d1021.hatenadiary.jp/entry/2018/10/24/200100(話題沸騰!美智子さまが“退位後”読みたい推理小説はどんな本?)
https://d1021.hatenadiary.jp/entry/2018/10/20/200100(皇后さま きょう84歳の誕生日)

28日は、結婚式を前に、午前9時半から、守谷さんの使いが絢子さまを迎えにあがる「入第(じゅだい)の儀」がお住まいの高円宮邸で行われました。

絢子さまは、「袿(うちぎ)」に「切袴(きりばかま)」という平安朝ゆかりの装束に、「おすべらかし」と呼ばれる髪型で儀式に臨んだあと、母親の久子さまや姉の承子さまが見守る中、皇室関連の重要な儀式や行事に使われる乗用車に乗り込み、皇宮警察サイドカーも加わった車列で式場に向かわれました。

そして、午前10時半すぎに明治神宮に到着すると、鳥居の前で出迎えた守谷さんとともに式をあげる楽殿へと進まれました。

楽殿の前では、お二人の友人ら40人余りと多くの参拝客が待ち受け、「おめでとうございます」と祝福する声や拍手に対し、絢子さまは、守谷さんと何度もおじぎをしてこたえ式場に入られました。

結婚式は、午前11時半すぎから始まり、久子さまや承子さまをはじめ、守谷さんの父親など、両家の親族33人が参列しました。式は、神式で仲人を立てずに行われ、絢子さまは、「小袿」と「長袴」に着替えて臨まれました。

進行役の斎主が祝詞をあげたあと、絢子さまは、守谷さんと盃を交わして結婚指輪を交換し、二人で誓いの言葉にあたる誓詞を読み上げられたということです。

絢子さまは、式のあと、明治天皇などが祭られた社殿を守谷さんとともに参拝されるということです。

28日は、このあと絢子さまと守谷さんの婚姻届が東京の港区役所に提出され、絢子さまは皇室を離れられます。

https://d1021.hatenadiary.jp/entry/2018/10/26/200100高円宮家の絢子さま 皇室祖先らに結婚報告)