船場言葉(せんばことば)は、大阪市船場の商家で用いられた言葉。昭和中期まで、折り目正しい大阪弁の代表格として意識されていた。大阪弁研究家の前田勇は船場言葉について「大阪弁は庶民的な言語であるというのが通説であるけれども、少なくとも船場言葉にそれは当たらず、船場言葉は、いうべくば貴族的以外の何物でもない。」と評した。
江戸時代から近代初期にかけて、船場は天下の台所と称された大坂の中心地として繁栄し、船場言葉は商業社会の共通語として広く用いられた。豊臣秀吉が船場を開発した当初は堺から強制移住させられた商人が大半を占めていたが、その後は平野商人、京都の伏見商人らが台頭。江戸時代中期には近江商人が船場へ進出した。このような経緯から、船場言葉は各地商人の言葉が混ざり合って成立した。
商いという職業柄、丁寧かつ上品な言葉遣いが求められたため、京言葉(とりわけ御所言葉)の表現を多く取り入れ、独自のまろやかな語感・表現が発達した。一口に船場言葉といっても、話し相手や状況、業種、役職などによって言葉が細かく分かれていた。暖簾を守る船場商人に限っては、経営者(主人、旦那)一族と従業員(奉公人)の独特の呼称を固定して用いた。
ごりょんさん(主人の妻)
あにぼんさん、なかぼんさん、こぼんさん。
「細雪」の 四女の妙子が 三女の雪子を 「きあんちゃん」と呼びます。次... - Yahoo!知恵袋
「細雪」の 四女の妙子が 三女の雪子を 「きあんちゃん」と呼びます。
次女の幸子のことは 「なかあんちゃん」と呼んでいました。
「きあんちゃん」「ゆきあん(姉)ちゃん」のつづまったものです。