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 地球上の生物の中で人類のみが高度な文明を発展させ、世代を超えて継承できているのは、人類が言語を使いこなせるように進化したためである。言語を使えなければ、考えを整理することも、その結論を他人に伝えることもできない。最近の教育で重要視されている「思考力」は、言語能力の獲得の結果として自然と涵養されるものだ。


 「宇宙は数学という言語で書かれている」と言ったのは近代科学の父、ガリレオ・ガリレイである。この言葉は、数学が自然科学の理解に必要不可欠な言語であることを象徴している。ガリレイの時代から数学も様々な方向に発展を遂げた。言語そのものと言うよりも修辞法に近い応用的な分野の研究も盛んになった。純粋な言語に相当する数学の分野は代数、幾何、解析などの古典的な理論である。高校の履修内容の用語を用いれば、関数やベクトル、微積分がこれにあたる。一方、近年になって高校で扱われるようになったデータの分析などは、応用的、つまり修辞法に近い分野ということになる。


 改訂案が掲げる数学の第一の目標は「数学における基本的な概念や原理・法則を体系的に理解する」とともに、「事象を数学化したり、数学的に解釈したり、数学的に表現・処理したりする技能を身に付けるようにする」ことである。第二、第三の目標も掲げられているが、それらは第一の目標の後段部分の言い換えに過ぎない。

 第一の目標の前段部分にある「数学における基本的な概念や原理・法則」が、宇宙を記述する言語に該当する。そして、それらを断片的な知識として覚えるだけではなく、体系的に理解することにより、第一の目標の後段部分の達成は非常にたやすくなる。つまり、第一の目標は、その前段部分が核であり、後段部分や第二、第三の目標はその結果として達成することができる。

 ところが、改訂案の説明を読んでいくと、第一の目標の核となる部分はないがしろにして、むしろ,第二、第三の目標を高等学校の数学のメインの目標に据えているようだ。これは非常に大きな教育政策の方向転換である。

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