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紀子さまご自身もそうだったように、学校選びも自由な恋愛も、紀子さまの施された教育方針によるものだったのでしょう。民間人からしてみれば、雲の上の存在だった皇室や皇族との垣根が少しずつ下がったことになります。


 一方で、それでも皇族と民間人の間には厳然たる違いがあり、すべてが同様にとはいかない。時代の変化によるものだということを充分理解された上で、美智子さまは、紀子さまの自由な教育方針に以前から幾ばくかの不安を感じていらっしゃったようでした」(宮内庁関係者)

 眞子さまを追うようにして、学習院大学を中退された佳子さまがICUに入学されたのは2015年4月だった。


「入学直後、ダンスサークルの公演をご覧になったときにはホットパンツに生脚姿。さらに翌5月に1泊2日の日程で行われた八ヶ岳山梨県)での課外活動で、『肩出し』に『胸元チラリ』のタンクトップだった姿が報じられると、“プリンセスの服装としていかがなものか”と逆風が吹き荒れたんです。女子大生としてみれば、至って普通のファッションだったのかもしれません。ですが、皇族というお立場に沿うものだったかといわれれば…」(前出・宮内庁関係者)

美智子さまは、紀子さまに“決定的な不信感”を抱かれてしまったようなのです。紀子さま美智子さまのご心中がおわかりになるからこそ、足元が崩れるような、震えるような不安をおもちのようです

 2月1日の夜、美智子さまは雪の舞う中、急きょ雅子さまの元へ足を運ばれた。きっかけは、その日発売された『週刊新潮』だった。記事を要約すると、美智子さまは、雅子さまが長期療養中なので、皇后としての職責の一部を紀子さまに引き継ぎたいとお考えで、「これからは、秋篠宮妃をよろしくね」と周囲にお話になっているという内容だった。


「ですが、一連の騒動を経て、どうやら美智子さまのお気持ちは記事の内容とは正反対だったようです。美智子さまが“紀子さまこそ皇后にふさわしい”とお考えになっているとも読める内容に強い怒りを覚えられたようです。完全に否定しなければと思ったからこそ、前代未聞の雪夜の強行軍に出られたのでしょう。雅子さまへのフォローという意味合い以上に、“紀子さまには重責は担えない”という美智子さまの諦念にも似たお気持ちがあったようなのです」(前出・別の宮内庁関係者)

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