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ーーなぜ「要件事実マニュアル」を執筆したのでしょうか。

要件事実(ある法律効果を発生させる具体的な事実)って、昔は門外不出の知識で、司法研修所の中に入らないと学べないものだったため、民事裁判教官の権威を高めていたんです。だから、導入部分を本にしたものはありましたが、基本的には本にしないというルールがあったんですよ。私はある意味掟破りしたんでしょうね。

自分が修習生の時、裁判官に要件事実の勉強会をやってもらっていて、自分のためにレジュメを作っていたら、ほかの人にも求められ、最後は民事弁護教官まで「欲しい」と言い始めました。喜ばれるとうれしくなって、またまとめて、の流れですね。だから、要件事実マニュアルは、当時、全訴訟類型を一通りまとめたものが原型になっています。一度原型をつくっておくと、新しい知識を追加するだけで事足りますので。

ーーほかの裁判官も要件事実マニュアルのベースになるようなものを作っているのですか。

作っていてもそれを出版したりはしないでしょう。(キャリアの短い)裁判官は本を出してはいけないという暗黙のルールがあるんですよ。高裁部長は出していいけど、裁判官5年目とかで出すと「何様?」みたいになる。でも、(マニュアルを出したとき)そのルールを知らなかったんです。

ーー「要件事実マニュアル」はヒットすると思っていたのでしょうか。

そうですね。修習生全員が欲しがって、コピーしていたくらいですかね。(初任地である)浦和地裁勤務時代も、下の期の修習生が欲しがっていました。そのうち本になったわけです。

安易に本にしてはいけないというルールがありましたから、私は掟破りをしただけなんですね。ほかの裁判官でものあの本は書けたと思いますよ。単にまとめただけの本ですから。

ただ、その後にロースクールができて、ロースクールに要件事実の知識を、積極的に開示していく流れになりました。大島眞一裁判官も関連本を書きましたし。

ーーうまく時機を得て、掟を破ったと。

そうなんですよ。大島さんをはじめとして要件事実の本がたくさん出始める前に1つの地位を確立してしまったんです。

ーー民事教官の権威を失墜させたことが、今回の懲戒処分の遠因にあるとは思いませんか。

そこまではないと思いますよ。「要件事実マニュアル」が妬まれているのは事実かと思いますが。

そもそも、最近は本を書ける裁判官がいないんですね。専門部を除くと、私より下の期には一人もいません。上だと、加藤新太郎さんとか須藤典明さんや滝澤孝臣さん(いずれも元裁判官)とか何人もいましたが。

ーーなぜ本を書いてはいけないルールがあるのでしょうか。

当局から睨まれますから。要は(地位がないのに書くと)生意気に見られるんですよ。

ーー裁判官に副業の規制はないのですか。

裁判官の執筆を許さないと業界にとってもよくないですから、裁判官が本を書くのは許されているんですよ。理屈としては、出版社が利益を得ているので、「原稿料をもらっているだけ(なので、一般的な副業の反復継続性が問題にならない)」という立て付けです。ちなみに、最近、書記官で本を書く方が何人かいたのですが、その内容が裁判所全体の実務知識をまとめたようなものだったので、問題視されました。今後はなくなるのではないでしょうか。

ーー「要件事実マニュアル」は何部くらい売れるんですか。

大体いつも1万部超えくらいで改訂しています。最初のほうは2万部くらいいったかもしれません。

ーー裁判官の給料に加えて印税があるから、岡口さんの自由な表現を支えているとの見方もあると思います。

専門書としては、ベストセラーですが、本はそんなに売れませんよ。昔のように弁護士が地下の本屋でどっさり大人買いしていくような時代でもありませんし。

ーー裁判官としての給料の半分くらいはあるんですか。

半分は超えていますね。

ーーやはり経済的な担保があるから自由なのでは。

そうではありませんよ。経済的な裏付けがあるから自由なのでなくて、「要件事実マニュアル」などで評価をうけているから、(もし裁判所にいられなくなっても)別の組織が雇ってくれたり、次の展開があったり、ということだと思いますね。多くの裁判官は無名ですので、(途中で辞めて別の組織に行こうとしても)そう簡単にはいかないということですかね。高裁部長あたりまで行けば別ではありますが。

ーーAIへの期待はありますか。

日本の司法はAIになじまないのではないかと思っています。日本の裁判所は、ほとんど規範を立てず、裁判官が条文をあてはめて、事件限りの事実認定をしてしまうことが多いんですね。

一方、英米では、事件を題材にして規範を立てるので、1つずつのルールがものすごく高く積み上がっています。だから、どんな事件でも先例があって、予測可能性が高く、裁判所が信頼されています。ですから、(ある会社が)日米で同じ問題を抱えているとすると、米国のほうで裁判を起こすことにつながっています。

そう考えると、日本では裁判官の頭の中で判断が決まるため、予測可能性が低く、AI化になじまないと思います。

ーー明文化されていないロジックが多いということですか。

そう。場当たり的判断です。だから、AIを見越すと、「規範は増えてもよい」というように裁判のあり方も変えないといけません。規範を乗り越えてもっと良い規範ができるんですから。ただ、日本の裁判官は規範をたてることに、すごく自信がない。だから規範たてずにストレートに事実認定にいく。そこを変えないとAI活用はできないでしょう。

英米は(規範の立てられた)判例がごちゃごちゃたくさんあるので、整理する場面でITの出番がある。ただ、日本はそれがない。裁判官の頭の中が重要になってくると、サービス開発も裁判官OBが人力でやるのが正解に近いと感じています。

ーー弁護士は大幅に増えましたが、質について感じることはありますか。

昔は、人数が少なく、東大などを出てすぐに一流企業にはいれる人が、それをせず何年もかけて、司法試験を受けていました。動機として社会貢献のエネルギーが高かったので、人権派が多かったですね。昔は、ビジネスライクにやるなら、一流企業にはいったほうが良かったのでしょう。いまはそういう雰囲気でなく、法曹の人間も変わってきていますね。ビジネスもやるつもりで弁護士を目指す人もいると思います。

ただ、弁護士は訴訟だけをやっているわけでないので、訴訟以外の分野は、いまのほうが質は良いのではないかと思います。企業向けの弁護士なら、情報も得やすくなっているでしょうし、昔よりレベルが高いのではないでしょうか。

ーー訴訟を担当する中で感じることはありますか。

(若い弁護士から)「請負契約において、報酬の定めは契約の要素でない」といった、あり得ない質問されることがありますね。勘違いもあるのでしょうけど「そこから教えないといけないのか…」と思うことはあります。

昔は修習が2年あったし、人数も少なかったので、みっちり教えてもらえたけど、いまは1年。後期修習が1カ月半の時代ですので、かわいそうですが実力世界になっていますね。若い弁護士の努力が足りないのではなくて、単に教えてもらってないのだから、できないのも仕方がないのです。そんな中で、ものすごく伸びている人と、ダメな人に二極分化していると感じます。

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