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明治維新150年」がいわれています。「明治維新」と「日本近代」とのこの当たり前の結びつきを読み直してみようと思います。この読み直しを私に促したのは津田左右吉明治維新観です。津田は維新に国民的変革としての正当性あるいは正統性を認めませんでした。この維新観は私に「維新と日本近代」との読み直しの可能性を与えました。この大きな課題に半世紀にわたる私の思想史的作業のすべてをもって答えるつもりです。

私は大阪の梅田で、東京の早稲田で日本近代をめぐって今話しております。私はその際、この近代を批判的に読み直す外部として「江戸」を見てきました。「江戸」を方法的視座とすることで私は「日本近代」を読み直してきました。この作業は同時に「江戸」を忘れ去ってはならないものとして再発見させました。仁斎の『論語古義』とはそのようにして再発見されたものです。近代日本人が見出すことの出来ない孔子が仁斎によって見出されています。私は近代日本人が明治維新・文明開化とともに一生懸命に忘れ去ろうとしてきた思想世界とは何かを確かめてみたいのです。前近代の東アジアの思想世界とは朱子学的世界です。この朱子学を江戸時代の先人の跡を践みながら自前で読んで行きたいと思っています。

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1891年(明治24年)、東京専門学校(後の早稲田大学)邦語政治科卒業。卒業後、白鳥庫吉の指導を受けた。

戦後、津田自身の戦前における弾圧の経験とあいまって学界に迎えられ、皇国史観を否定する“津田史観”は第二次世界大戦後の日本史学界の政治的主流となり、敗戦による価値観の転換を体現するものとなった。

然し一方で、反共産主義者であり、戦後の共産主義の流行には批判的であった。

1946年(昭和21年)、雑誌『世界』第4号に発表した論文「建国の事情と万世一系の思想」では、「天皇制は時勢の変化に応じて変化しており、民主主義と天皇制は矛盾しない」と天皇制維持を論じる。天皇制廃止論者達からは「津田は戦前の思想から変節した」と批判されたが、津田の「天皇制を立憲君主制に発展させるべき」との考え方は戦前から一貫したもので、戦後になって変化したわけではない。

中国思想等についての実証研究でも影響を与えたが、儒教人間性を無視しているとして、中国思想は「特殊な否定的なもの」であるとして、中国の思想には批判的であった。又、近代西洋文化に対しては肯定的な近代主義者でもあった。「明治人に特有な脱亜論的ナショナリズム」を体現していたとも評価される。

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子安 宣邦(こやす のぶくに、1933年2月11日- )は、日本の思想史研究者。大阪大学名誉教授。専門は近世日本思想史。

神奈川県川崎市出身。 妻はシュタイナー教育研究の子安美知子。娘はエッセイスト・ミュージシャンの子安文

東京大学文学部倫理学科卒業。丸山真男の弟子。同大学院人文科学研究科博士課程満期退学。横浜国立大学教育学部助教授(哲学・倫理学教室)、大阪大学文学部教授、87年「伊藤仁斎研究」で大阪大学文学博士。1996年定年退官、名誉教授、東京家政学院筑波女子大学国際学部教授。日本思想史学会の会長も務めた。

ミシェル・フーコーの著書『知の考古学』の中の「言説」論に大きな影響を受け、「日本思想史」を問い直している。

本居宣長荻生徂徠平田篤胤福澤諭吉などの思想史的検討だけではなく、近年では靖国神社問題にも積極的に発言し、幅広い思想史に関わる議論をおこなっている。

雑誌『現代思想』(青土社)への中心的な寄稿者の一人である。

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猪飼 隆明(いかい たかあき、 1944年2月13日- )は、日本の歴史学者大阪大学名誉教授。専門は日本近代史。

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朝日新聞、CIAも見誤った「田中角栄」という政治家 “vs.エスタブリッシュメント”の確執

「からくりを用いる者は、必ずからくり事を行う。からくり事を行う者は、必ずからくり心を持つ。それでは、純真潔白さは失われてしまう」。