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椿の葉に少量の雪が積もっている。夜のうちに降ったようだ。テレビのニュースでは今日は大雪の可能性があると盛んに言っているが、それほどのこともないように思う。

昼食はどこで食べようかと考えながら玄関のドアを上げたら、ナツが入ってきて、とっとこ階段を上がって私の書斎に入って行った。家には他に誰もいないので、あまり長い時間は留守にできなくなった。 徒歩1分の「マーボ屋」に行く。

「今月のおすすめ」のボードにソース焼きそば(1000円)と書かれていたのだ、それを注文する。

ナツのこともあり、食後の省略して、帰宅。昨日購入した本をずっと書斎にこもって読む。読書は「孤独の時間」(とくに寒い冬の午後の)の過ごし方として最上のものだと思うが、「著者との対話」という意味では「社交」的な面もある。リアルな世界での社交はその相手は限定されるが、読書なら普段は会うことのないさまざまな人の話が聴ける。

堀井憲一郎『1971年の悪霊』を読んでいて、本線とは外れたところで「そうだよな」と相槌を打ったのは、彼が『小さな恋のメロディー』(1971年)という映画を論じているところで、「告白って、昔はしなかった気がする」と述べている箇所だった。「1971年の恋愛は告白からは始まらなかった。中学生レベルだと、つきあうといってもべつだん何をするわけでもないので、正式な申し込みはあまりしない。告白を基本においた恋愛文化は、少女の欲望に応えたきわめて平成時代的なものだ、と私には思える。」(125頁)

うん、私もそう思う(私は堀井より4つ年上だが、ほぼ同世代だ。おまけに彼は私と同じ一文の出身だ)。 卒業生と話をしていると、「彼と付き合い始めてちょうど1年」みたいな発言をしばしば聞く。恋愛の始まりは「告白」からなのだ。あまりにみんながそういう発言をするので、そういう明確な道標を意識したことのない私はちゃんとした恋愛をしたことがないのかと悩んだこともあるが(嘘です)、昔はそうじゃなかったことがわかってホッとした。なぜ「告白」という制度が確立されたのか。それを堀井は「少女の欲望に応えたきわめて平成時代的なもの」だと解釈する。気合でそう言っているところもあるので、「その通り」とはすぐに同意はできないが、ありそうな話である。「少女の欲望」とは平たく言えば「愛されているという確証を求める気持ち」ということだろう。不安の時代の承認欲求の一種といってもいい。平成とは不安の時代ということにある。

夕食はポークソテー、サラダ、味噌汁、ご飯。

ナツが外に出ようかどうしようか考えている。出たいときは階段の上の私を呼ぶ。でも、今夜は私を呼ばなかった。

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きのうは過剰に身構えさせてしまって、すみませんでした!

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明日は雪が積もるかもしれないとのこと。ナツはお泊りを決め込んでいる。

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「お洒落なカフェが増えましたね」と彼女は言った。そう?私は馬場歩きはしないので、どんなカフェなのか知らない。