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 1986年1月、写真誌「フォーカス」は、その黒木と“元祖プレーボーイ”と呼ばれた大スター岡田眞澄(50)=当時=との「赤坂プリンスホテルでの逢瀬」を写真に収めて掲載している。この起点となったのは、編集部にかかってきた一本のタレコミ電話だった。

 可愛らしい声の女性が、「岡田と黒木が密会する。ホテルの部屋番号は『3711号室』」とまで伝えてきた。もっとも、編集部内の反応は「黒木瞳? 誰それ」というものばかり。宝塚を辞めたばかりの25歳の無名女優だ。それも仕方がないだろう。

 翌日の正午頃、岡田が退室した後、程なく、女が姿を現した。目がはっきり見える薄めのサングラスにルイ・ヴィトンのバッグ。記者が彼女の背後から「黒木さん?」と声をかけると、「はい?」と振り向き、カメラマンはシャッターを切った。

 記者が改めて「黒木瞳さんですね?」と確認すると、女は落ち着いて、「取材は事務所を通していただけます?」とだけ残し、エレベーターに消えた。直撃に無名女優がこうも落ち着き払った態度で対応できるだろうか――。カメラマンと記者の頭には幾つもの疑問符が過(よぎ)った。そしてカメラマンは気付くのだった。「あれ、今の女の声、タレコミ電話の声とソックリじゃないか!」

 これを踏み台に黒木はこの年秋、「化身」で鮮烈な映画デビューを果たした。

 黒木とは対照的に、負け組と言わざるを得ない元ジェンヌも紹介しておこう。浜風愛の芸名で舞台に立った金林眞貴氏は、天海や姿月あさとと同期でもある。旧帝国陸軍の伊丹松雄中将の孫にもあたる彼女は、87年に歌劇団に入って4年間、娘役として活動した。その後は、飲食店や風俗店の従業員を転々としたという。そんな金林氏は3年ほど前、のりピーの元夫・高相祐一と接点を持つ。薬物で3度目の逮捕と相成った高相に危険ドラッグを譲渡した疑いが浮上した。彼女は当時、本誌(「週刊新潮」)にこんな風に弁明している。安いカクテルグラスとマルボロを交互に口元へ運びつつ。

〈あのー確かに……。高相に接触はしているんですよ。貸しているお金を返してもらうために会うことになり、1万円返して貰った〉

「どうして退団後は食べられなくなってしまうのか」について。

親会社の阪急が、退団後の生徒をどうするかきちんと考えていないのが問題だと思います。チケットはプラチナとされていますが、同じファンが何度も買って観ているだけで、それでは一般に認知されているとは言い難い。このご時世にSNSも禁止。ブログすら作れない。亜蓮冬馬みたいに途中で退団し、YouTubeで宝塚のことを暴露しちゃう人もでてきています。そうした流れを抑えるのは難しくなるでしょう」(ベテラン・ウォッチャー)

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