ニュース7から今夜の晴山紋音ちゃん(軽快感) pic.twitter.com/GYhBytkDkI
— テク憧 (@techdou) May 7, 2025
【画像】昨夜の晴山紋音さん 5.7 https://t.co/3kiENqes0H
— amitamu (@amitamu91) May 7, 2025
https://www.bloomberg.com/account/newsletters
5月7日「人間の価値」
— 郷学研修所・安岡正篤記念館 (@noushikyogaku) May 6, 2025
ずるいことをやったり、人を押しのけたりして、地位や財産をつくるのも人間の能力、知能の一つであります。それを使っていろいろのことができる。
できるけれども、そんなことができても、これは人間としては少しも偉いことではない。 pic.twitter.com/EEL1ZRAEiq
社会的には偉いかも知れぬが、人間としてはむしろ恥ずべきことであります。
— 郷学研修所・安岡正篤記念館 (@noushikyogaku) May 6, 2025
何を為すか、何をしたかということと、彼はどういう人間か、如何にあるか、ということとは別である。https://t.co/FFDzMMBhbI @chichi_words pic.twitter.com/NGlRMl9F9x
古教照心(道元禅師、1200-1253)
— 郷学研修所・安岡正篤記念館 (@noushikyogaku) May 6, 2025
心照古教(虎関禅師、1278-1346)
鎌倉の虎関禅師に「古教照心・心照古教」の言葉がある。
古教・心を照らすことはまだ行うことができる。
心・古教を照らすに到って、真の活学というべきだ。(『照心語録』) pic.twitter.com/5YI0nMI2ng
活学百言「7.自分」
— 郷学研修所・安岡正篤記念館 (@noushikyogaku) May 6, 2025
日本では第一人称に自分という言葉を使っておりますが、これは非常にすぐれた言葉でありまして、どこの国をさがしても、第一人称にこれだけの言葉はありません。
自分というのは、自由と分限・分際というものを結んだ言葉でありまして、 pic.twitter.com/c49UDrQNJq
我々は自として同時に分として存在しておるのであります。つまり自治、自律、自由と同時に分として存在しておるのであります。これを統一して自分と言う、実によい言葉です。
— 郷学研修所・安岡正篤記念館 (@noushikyogaku) May 6, 2025
これは学問上から申しましても世界に類のない、日本文化の優秀性の例証と申してよろしい。 pic.twitter.com/ZcxjtIO0f9
たいてい自分というと自己を意味しておって、分を忘れております。
— 郷学研修所・安岡正篤記念館 (@noushikyogaku) May 6, 2025
近頃は特にその分を忘れた、自己をほしいままにする放埒なわがままな思想、行動が実に多い。これは皆分を忘れることの弊害であります。 pic.twitter.com/uCvWaFpeO2
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