要するに、戦後の教育が形式論理と合理的現実主義にもとづいて、知識の量だけを評価するものになったからである。「所有欲求」を充足させるため有名大学に入学することが、家庭、学校、地域の価値となったのだ。肝心な人間力の教育が疎かにされ、その結果が、有名大学に入学して成績のよい者ばかりが学者や官僚になったり、新聞記者になったりする。一流企業に就職する人間ほど、精神的バランスのとれない非人間的性格となっていく。彼らに理解できるのは、文字に書いてあることか、数字になっていることだけだ。
議会政治や憲法の原理を理解し、それを守ろうということは、単なる合理主義的暗記知識ではできない。幼少のころからの生活体験の中で、人間のあり方、社会の意義、国家とは何のためにあるのか、という人間力を蓄積しなければならない。
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20080309#1205056107
http://d.hatena.ne.jp/d1021/20080311#1205194482